アメリカ・カナダ大学連合日本研究センター創立50周年記念シンポジウム 選ばれる日本語-「外国人プロフェッショナル」のまなざし-は、2013年12月7日、快晴の中、横浜市開港記念会館講堂において行われました。
400名を超える参加者を迎え、2:10、予定より10分遅れで開始のブザーが鳴りました。株式会社パシフィカ・キャピタル代表取締役社長であり、センターの卒業生であるセス・サルキン氏が司会進行役として登場し、シンポジウムが開始されました。
センターの専務理事、スタンフォード大学准教授インドラ・リービより、主催者挨拶がありました。リービ専務理事は、日本研究センターの前身であるスタンフォードセンターの設立目的について触れ、センターが日本関係の専門職に就こうとする学生を対象に上級日本語教育を行う世界でも稀な教育機関であることを説明しました。
次に在日米国大使館を代表して、首席公使のカート・トン氏からご祝辞をいただきました。トン氏は1986年のセンター卒業生でもあります。トン氏は、日米が友情関係を築いていくのには言葉が非常に大切であり、その意味でセンターは日米関係の中でも極めて重要な機関であると強調しました。
経済学者で、国際日本文化研究センター名誉教授・前所長でいらっしゃる猪木武徳青山学院大学特任教授が、「社会現象として見た外国語修得」という題目で基調講演をなさいました。講演の中で猪木教授は、森有礼の日本語廃止論から話を始め、夏目漱石らのエピソードを交えながら、外国語の修得は社会や国力、本人の必要性に関わっていること、専門職に就く学生に対する教育には、様々なスキルをすべて伸ばす必要があること、言語は単にコミュニケーションの手段というだけでなく、ある文化の思考方法を理解することにも繋がること等を説明され、良質の専門知識と日本語力を持つ研究者は日本にとって、その存在意義が極めて大きいことを示されました。
第一部の最後には林文子横浜市長からご祝辞をいただきました。どんな分野においても関係を繋ぐのは言葉を介した人と人との対話であり、それによる相互理解であること、その意味でセンターの学生が日本と世界の架け橋として極めて重要な存在であり、横浜市の国際性を磨く上でもその存在が不可欠であるとお話になりました。
(パネリストの所属・役職は2013年12月当時の情報です。)
休憩を挟み、第二部のパネルディスカッションが開始されました。
まず、モデレーターの青木がパネリストの経歴を紹介し、その後にパネリストの方々が順にご自身の仕事の内容とそこでの日本語の使用について説明をなさいました。
金融界で活躍するイェガー氏は、部下への適切な指示にはどうしても日本語が必要であること、そしてバイリンガル・ヘッドハンターであるマーテンズ氏は、クライアントと候補者双方にそれぞれの母語で交渉を進めることの利点を説明されました。また、首席公使のトン氏は、日本語を使うことよりも、日本語を聞き、日本や日本人を理解することのほうが仕事上必要性が高いということ、そしてインディアナ大学准教授のフォスター氏は人類学研究活動では日本人にとけ込むことが必要で、そのためには日本語でのコミュニケーションが不可欠であることを説明されました。最後にキャンベル東京大学大学院教授は、仕事上すべてが日本語での活動になっており、日本語母語話者ではないことと日本語が研究の手段・対象になっていることの狭間でどのような貢献ができるかを常に考えていると説明されました。
その後、日本語が話せない外国人、英語の話せる日本人との対比において、日本語が話せる外国人プロフェッショナルにどのような意義があるかについて話が及びました。それぞれ異なった視点から物事を見ることができるので、自分のコンテクストで考えたことを外国語で伝えるという作業は、双方向でする必要があること等の意見が出されました。また、外国人プロフェッショナルに対する日本人の見方については、入り口のところでの緊張感、警戒心が文化的他者ということで当然見られるが、その後の関係の強まりは非常に速く、かつ自然になってきているという意見が出されました。
次にモデレーターからセンターについて、それが非常に集中的で厳しい学校であることの説明があり、その後はパネリストのセンターでの学習の思い出に話が及びました。「外国語の学習にとどまらず、知的訓練の場としても役だった」(フォスター)、「当時はあまりよくわからなかったが、精緻に組み立てられた複合的プログラムだった。短期集中プログラムであることも極めて効果的で、日本の英語教育もモデルにすべきだ」(キャンベル)、「教師の期待が高く、繰り返しの訓練を根気強く行ってくれた」(トン)、「特に発音訓練や会話の練習等、繰り返しの練習がとても有効だった。」(イェガー)、「センターで様々な部分的スキルが統合され、実際に使えるようになった。」(マーテンズ)等の意見が出されました。特に発音訓練については、その重要性を挙げるパネリストが少なくありませんでした。
その後、日本語を話す時と英語を話す時との違い、アイデンティティとの関わりへと話が進みました。人との関係の作り方等に違いがあり、可能性が新たに加わるといった意見が出された一方、日本語が身につくにつれ、日本語かどうかということよりも、場面やコンテクストの違いの方が大きな意味を持つようになったとの意見も出されました。
更に、日本語学習の目標は日本人のように話せるようになることだという考えがあるが、パネリストの考える目標は何か、そして、日本語と日本の国、日本人との結びつきについて、日本語のローカル性の観点からどう思うか等の質問に移りました。パネリスト全員が、日本人のように話すということには否定的でしたが、その内容についてはパネリストの間に違いがあり、「隔たりにならないレベルの日本語が必要」(トン)、「誠意が伝わるような日本語」(イェガー)といった意見がある一方で、「日本語は日本人や日本国と離れて存在できるものであり、それを国に結びつけてしまうことは可能性を閉ざすことに繋がる」(キャンベル)との意見も出されました。
シンポジウムの締めくくりとして、最後にパネリストの方々から一人ずつ、「外国人プロフェッショナル」を巡る今後について、提言をいただきました。
キャンベル氏は、文化を相対化するのには比較軸が必要であり、それは外国語のコミュニケーションで養われる。外国人が日本語を学習すること、そして、日本語母語話者が外国語を学習して、そこから日本語について見直すことが極めて重要だと述べました。
フォスター氏は、米国でアニメやマンガから日本に興味を持つようになった学生が多いが、そこから本当の意味で日本に興味を持つようになる学生にとって、センターのような場所が非常に重要であると述べました。
トン氏からは3点のご提言がありました。①日本はすばらしく、強い社会を持っている。②その理解を広めるには、外国語が話せる人材が必要である。③従って、日本にとっては英語教育、海外においては日本語教育が、特に若い世代に対して必要だ、ということでした。
マーテンズ氏は、アニメやマンガから一歩進んだ日本理解を進めていきたいと述べ、同時に最近の日本人留学生の減少について触れ、日本人も日本に誇りを持ちつつ、英語を学んでほしいと述べました。
最後にイェガー氏は、かつて日本は経済的に脚光を浴びた時代があったが、日本のすばらしさは製品や会社と言った経済面ではない。その本当のすばらしさを理解するには日本語が必要であり、またそれを伝えるには英語が必要であると述べました。この日本語教育と英語教育は日本の将来にとって極めて重要であり、日本語が話せる外国人プロフェッショナルはすべて外交官のような役割を果たす。その意味でセンターの重要性は今後益々強まるだろうと述べ、1時間半のディスカッションを締めくくりました。
パネルディスカッション終了後、センター所長であるジェームズ・C・バクスターが閉会の挨拶を行いました。センターの活動は大変地味で知名度もあまりないが、日本語教育、日本と世界との関係において極めて重要な役割を果たしている。今後のセンターの活動への支援をお願いしたいと呼び掛け、創立50周年記念シンポジウムが閉幕しました。
アメリカ・カナダ大学連合日本研究センター創立50周年記念シンポジウム
選ばれる日本語 ―「外国人プロフェッショナル」のまなざし―
主催: | アメリカ・カナダ大学連合日本研究センター |
助成: | 独立行政法人 国際交流基金 |
後援: | 外務省 米国大使館 横浜市 横浜市教育委員会 公益社団法人 日本語教育学会 朝日新聞社 |
協力: | 日本航空 アメリカンファミリー生命保険 パシフィカ・キャピタル モリソン・フォースター シンプソン・サッチャー・アンド・バートレット スキャデン・アープス シティバンク銀行 ヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテル |
協力団体: | 公益財団法人 横浜市国際交流協会 横浜中ロータリークラブ 横浜山手ロータリークラブ 横浜本牧ロータリークラブ |