毎年6月に学生の卒業研究発表会が行われます。これは、10か月間の日本語学習の総まとめとして、学生が自分の専門分野の発表を日本語で行うというものです。ここでは、卒業発表会のプログラムから、発表のタイトルとその内容の簡単な説明を紹介します。
| ・2010-2011年度 | ・2009-2010年度 |
| ・2008-2009年度 | ・2007-2008年度 |
| ・2006-2007年度 | ・以前の卒業発表会内容紹介 |
※当年度は東日本大震災の影響のために卒業発表会は行われませんでした。本欄では、各学生の卒業制作(研究レポート)の要旨を掲載します。ここに掲げなかった学生も、各自の選択した目的に応じて卒業制作を提出しております。
Joshua Batts (Columbia University)
江戸時代は版画、紀行文、名所図会、道中図絵などによって、古代から継続してきた「旅文化」の民衆化をもたらした時期であった。そして、徳川幕府が権力を握り、それを行使するために整備した東海道とその宿場はこの民衆化とともに成熟し、「旅文化」を代表する役割を果たした。東海道に関しては数多くの資料が残っているが、一目で見渡せる道中図絵を取上げ、東海道の空間描写、その特徴を指摘したい。特に幕府が予想しなかった商業化と重要な交通路であった東海道の関連性を吟味する。つまり、東海道は名所、名物を始め、政府の権威を象徴した関所に至るまで出版文化の発展により商品として消費されるようになってきたのである。このように東海道道中図絵における政治と商業の交錯を考慮すると、民衆地図の誕生とその拡張が明らかになる。
Catherine Bender (Ohio State University)
日本は他の先進国と同じく、少子高齢化が進んでいる。2010年に経済大国二位から三位に転落したことを背景に、日本の国際社会における地位の低下に関して主に二つの説がある。一つは、日本の最近の若者は怠惰であり、フリーターやニートの生活で満足し、彼らの無責任な態度が歴史的に勤勉な日本社会の基本構造を衰弱させているという説だ。もう一つは、移民労働の受け入れなど、経済のグローバル化に伴う日本の国際化が不十分であることだ。これらは国内労働市場を中心にする点で共通しており、現代の日本社会は労働の「ひと」より「もの」の側面を扱う傾向があるという批判があがっている。労働市場、人口問題、地域経済を検討するとき、経済の計量的な分析が通常であるが、希望学という学問は「希望」という概念を分析の道具として用いて、生きることと働くことの二重性の見直しを促している。
Christoffer Bovbjerg (University of California, Berkeley)
宇多天皇はさまざまな意味で典型的な天皇とは言えない。官人の経験があり、成人してから予想外の即位をし、宮廷や政治の改革を達成し、貴族との関係を大きく変えて特別な天皇親政を行ったと一般に言われている。それはある程度正しいが、宇多天皇も、他の天皇と同じような社会的な圧力や規制を受けていないというわけではない。
宇多朝を熟考すると、数々の重要な点が見えてくる。例えば、律令制から離れる傾向、「公」から「私」への流れ、令外官や私的な出仕、天皇と貴族の政治的力関係、などである。宇多期には、多くの研究すべき課題があると考えている。
Garrett Bredell (University of Washington)
ツイッターとは新たなソーシャルネットワーングのことで、2009年ごろから急速に利用率が高まりました。よくある使い方は友達どうしが「つぶやき」あったり、企業が宣伝したりするためですが、新しい利用法が多方面から現れました。特に最近、政治家がツイッターを使い始めました。以前は政治家が選挙活動のためにテレビ、ラジオや自分のキャンペーンのサイトも使っていました。なぜツイッターまでも利用するようになったのでしょうか。この研究で日本の政治家とツイッターの関係を考察します。どのような政治家がツイッターをよく使うのか分析し、また、政治家がツイッターを使う理由を考えます。その方法として、ツイッターを使っている国会議員の政党、選挙区、性別、年齢、「つぶやき」の内容を調べます。
(本人の希望により、このページへの掲載は控えさせていただきます)
Anne Buxton (University of Chicago)
民俗学は、20世紀初頭に学問分野として弾みがついた。その当時の背景には、明治時代の激しい近代化による日常生活の大変革があった。柳田国男などの民俗学者達は、日本の各地方を徹底的に調べて伝統的な習慣が近代化の陰で消滅しないうちにその残部を採集した利他主義者として広く認められている。しかし昭和初期の、民俗学の一部である方言研究という学問の知見をさらに吟味すると、このような民俗学は政府の統一化勢力、つまり標準語に対抗するための学問ではなく、むしろ「よりよい国語を得る」ための学問であったようである。この研究では、柳田国男が書いた、方言の将来と標準語の将来について二つの文章を例として取り上げ、「方言研究が標準語の形成を支える」という逆説的な論理を、柳田が重視した「方言の叙情性の永続性」という側面から分析する。まず、明治政府の標準語運動の歴史から始まって、次に柳田国男の方言研究に対する経歴にも触れて、最後に柳田の予測的な二つの文章を例にとって「方言の叙情性の永続性」について熟考するという順で、方言研究が標準語づくりの「助手」として果たした役割を分析する。
Eno Compton (Princeton University)
この六十年間、平安時代の和漢比較文学という分野では数多くの有益な研究が出版されてきた。これらの研究は、中国の六朝文学という背景のもとで、改めて和歌とりわけ『古今和歌集』を読み直す試みの重要性を物語っている。漢詩文の影響を考慮する最近の成果は、これまで何度も読まれた和歌であってもなお新しい読み方が存在することを示唆している。拙稿は、こうした従来の成果を踏まえ、古今和歌集と六朝詩歌の関係を風という具体的な例を通して検討し、和歌にこれまで見出されてこなかったエロティックな様相を読み取ろうとするものである。
Carrie Cushman (Vanderbilt University)
アメリカで日本の伝統的な建築を代表するのはどの建築かといえば、それは京都の桂離宮である。もちろん、伊勢神宮や東照宮も名所として西洋ではよく知られているが、さらに日本建築史の文脈の中で桂離宮は重要な位置を占めるようになってきた。やや誇張しすぎるかもしれないが、何よりも日本の美的な精神を本質的な象徴として示されることもある。日本でもそのような極端な話が聞かれる。しかし、桂離宮は常にそのような位置を保つというわけではない。実際には、昭和初期に起こった現象である。本稿ではその桂離宮の再解釈として創られた歴史を分析する。最初に、現代の名所としての桂離宮の一般的なイメージを説明する。そして、西洋の専門家、とくにドイツの建築家ブルーノタウトの評価を考察する。タウトは桂離宮の発見者だとよく言われる。この誤解に対する井上章一の見解も分析しながら、日本建築史における桂離宮の美とその評価を再検討する。
(本人の希望により、このページへの掲載は控えさせていただきます)
Jeffrey Dorr (University of Florida)
私は、個人プロジェクトとして医療用語のリストを作成しました。将来的に、日本の医師国家試験に合格して、日本で診療ができるようになることが主な動機です。医療用語の単語集はもう市販されていますが、使い方まで理解することは難しいです。一方、医師国家試験の問題には、患者の症例をもとにしたものが数多くあり、用語の実際の使い方がよく分かります。そこで、過去の医師国家試験問題を使ってリストを作成しました。まず、問題文から言葉を抽出し、英語の訳をつけ、さらに、医療分野により言葉を分類しました。このリスト作りは継続中で、まだ完成ではありません。今後も用語を追加したり分変更を加えて、私以外の医療従事者にも利用しやすいものにすることが究極の目標です。
William Feeney (University of Chicago)
この発表は「メディアの影響」についての常識的な概念が定着されていくかという問題意識の下でメディア論を考察するものである。一般的にメディア論はマスメディアからの社会的な影響について調査し、説明する研究だと考えられているが、メディア論自体もマスメディアの一部と考えれば、メディアについての概念に影響を与えるものと言えるだろう。この発表では、二種類のメディア論の議論や、構造などに注目し、メディア論の「影響」を検討する。
Felice Forby (Ohio State University)
最近料理と食に対する人の知識や関心が不足しているせいか、健康に悪い食生活が問題になってきた。それゆえに、食生活を根本的に変えなければならないとよく主張されている。私達の食生活は、人の健康に対してのみならず、農業や社会にも大きい影響を与えている。社会学の勉強でそのようなことを認識したのをきっかけにして、食べ物の歴史や農業、食文化や食生活などについて「食」を様々な面から見るブログをインターネットに掲載することにした。そして、料理関係の会社でインターンシップをしながら、私自身が日本で生活をしている間に食に関して体験した出来事も熟考し、料理のあり方や食生活に対する自分自身と多くの人の思索を深められることを目的にしたい。本論では、メディア、食生活、そして家庭料理の継承の関係を掘り下げる。
Kevin Gouge (University of Michigan)
私の研究のテーマは、中世前期の武士の家門・一族の形や機能を古文書から分析する事です。しかし、ある中流階層の武士を研究するために、その武士が組み込まれているいろいろないわゆる「支配体制」も研究する必要があります。そこで、私がいままで研究した一族はどんな支配体制・軍制・領主組織から影響を与えられたかもっと詳しく理解するために、支配のシステムをさまざまなレベルで分析する記事を読むことにしました。
今学期の目的は、ミシガン大学にない二次資料、特に最近の雑誌の記事を集めて読むことでした。この論文では、今学期読んだそれぞれの記事についてまとめたいと思います。このようなリストをつくることは、今後博士論文の研究のために役に立つと思います。
Gloria Guy (University of California, Los Angeles)
E.S.モースと言えば、様々な呼称が思い出されるが、恐らく一番有名なのは、「日本の考古学の父」であろう。モースはお雇い外国人として明治時代に東京大学で初の生物学者になったり、大森貝塚で日本初の科学的発掘を指導したり、「日本その日その日」という日記で欧米に日本の文化を紹介したりした。しかしながら、日本におけるモースの知名度に対し、アメリカでモースはほとんど忘れ去られてしまっている。なぜかというと、日本では学術界の先駆者であり、初期の国家主義を意図的ではなく支えたからである。この論文ではモースの伝記と履歴を紹介し、なぜこの一人の学者が日本でこのような強い影響力があったかを探究する。
Haitham Jendoubi (Yale University)
日本と韓国は初期段階ではあるが、防衛の分野で協力を始めている。しかし、両国においても数多くの課題が残存する中、果たして隣国同士で有意義な防衛連携枠組みを構築できるかが問われる。これは中国に対する両国の姿勢に影響を及ぼす問題であり、東アジア全体の安全保障と勢力図を左右する問題でもある。本稿は三つの部分に分けられる。まず、①過去の日韓間の防衛関係を分析し、今までの協力のきっかけ(動因)及び協力のさまたげ(妨害)を両国において指摘する。次に、②その要因を背景に展開されてきた具体例を踏まえて過去の協力の規模を確認する。最後に、③先に挙げた動因と妨害を適用しながら、今後の展望を推測する。
Daniel Johnson (University of Chicago)
日本の映画評論史を考えると、一つの印象を感じざるを得ない。それは、自国の映画よりハリウッドとヨーロッパの映画の方を称賛し、芸術的な価値を認める傾向である。大正期の純映画劇運動からこの言説は影響力を持ち、特にハリウッドを模倣する日本映画を強く批評したこともあった。しかし、この現象は映画のことだけではなく、日本と西洋の地政学的な不平等を表すことでもあるのではないだろうか。本論文では、冷戦期の商業映画の評論を考察し、模倣する日本映画の文化的な役割を議論する。しかし、主流映画評論を考察するだけではなく、大学生の映画研究会の映画観にも触れ、この若者達の大衆映画に夢中になったシネフィルイアと冷戦期の地政学的な状況を議論する。
Claire Kaup (University of Michigan)
大岡•昇平の『野火』を読み、興味深い比喩や象徴を分析した。特に、「野火」の構造や語り手の意識の分析を通じて、戦争責任と語り手の読み手に対する操作の理解を読みた。語り手の本当の意図について考え、神と語り手の関係や狂人の意識の問題に関して議論する。 語り手の行為や態度は非常に複雑で取りにくく、『野火』の暴力的な存在は読み手の論理的な存在から離れているので、語り手に対して何らかの判定を下すことは無理なのではないだろうか。
Blain Keller (University of Hawaii)
日本の歴史教育を学ぶことを通じて、日本人の学生は自国に対する意識をどのように持つだろうか。私は最近、神奈川県立高校における日本史の必修化または郷土史・近代史の選択科目化という学習指導要領の改正及びこの改正と愛国心の関係について研究する。まず、神奈川教育委員会並びに神奈川県の松沢前知事は日本史の必修化、郷土史・近代史の選択科目化を促進したという運動の歴史を要約する。それから、県立高校のために神奈川教育委員会が新しく作成した「郷土史かながわ」及び「近現代と神奈川」という教科書を分析する。最後に日本史の必修化に関する賛否両論を述べる。
(本人の希望により、このページへの掲載は控えさせていただきます)
Nicolette Lee (Bryn Mawr College)
日本仏教の特徴の一つは、女性と教団の関係にある。例えば、日本仏教の起源は尼僧が伝えてきた。尼僧と男性僧侶と檀家以外に、「寺族(じぞく)」という僧侶の妻の人も昔からいるそうである。しかし、主な宗派が「寺族」を公的に認めたくない理由は、その存在が伝統的な戒律と矛盾していることにある。そして川橋範子の『混在するめぐみ』のある文章では、「寺族の問題」に直接に向き合うと、女性と日本仏教関係が明らかに見られるとしている。川橋の論説に対して「寺族の問題」から女性の地位・男女関係などの議論は二つの基盤的な概念に基づいていると分析しようと思う。
Rachel Lenz (University of Illinois at Urbana-Champaign)
如月小春の『ロミオとフリージアのある食卓』(1981年)はシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』を翻案した演劇を通じて、現代の都市社会と人間の状況を問い、真実と嘘や現実と幻想を混乱させる「メタ演劇」である。拙稿では如月の重要なテーマやモチーフ、特に「人間=人形」、「都市の共同体に対する個性」、「演劇と社会」などに注目しつつ、シェイクスピアの有名な「世界が舞台」という台詞を忠実に継承した『ロミオとフリージアのある食卓』における人間と演劇の関係を検討する。
Leslie Lim (Middlebury College)
日本映画界で注目を浴びている監督である三谷幸喜は数々の映画を製作し、知名度も人気も高まっている。国内の評価だけでなく海外でも好評である三谷映画はユニーク、かつ、普遍的とも評されているが、三谷作品の人気の秘密は一体何なのか。この質問に答えるため、三谷映画の特徴とも言える繰り返される現象、又は、テーマを探り、「三谷らしさ」を明らかにする。結論として、三つの特徴に分けるとすると、1)厄介な状況に陥る一般人そしてその反応、2)舞台経験のテクニカルな影響、及び3)過去への関心/ノスタルジアというものになる。三谷幸喜の様々な映画から事例を引き出し、三谷映画の基本要素はこの三つの特徴であることを明らかにしたい。
Adam Lyons (Harvard University)
筆者の大学院における研究テーマは宗教と法律の関係であるが、本プロジェクトでは、宗教と法律の関係のうち、日本における国家神道の時代から現在に至までの宗教と国家の関係を検討する。より具体的には、靖国神社問題、戦争についての歴史観、教育制度、及び、天皇と皇室の儀式などを取りあげ、それらと日本国憲法第二十条によって保護されている信仰の自由との関連について議論を行う。本プロジェクトでは宗教と国家について議論する際に特に重要だと思われる、高橋哲哉『国家と犠牲』、島薗進『国家神道と日本人』、「君が代伴奏拒否事件」の最高裁判所判例の3つを通して議論を進めていく。
John Oglevee (University of Hawaii)
明治維新以来、日本文化、特に伝統芸術は、一般的に日本国内にしかありませんでしたが、突如輸出され、とりわけ欧米各国が日本文化を歓迎しました。19世紀の中頃まで能楽の歴史はすでに500年も経っていましたが、当時の能楽は資金援助が必要な状況でした。なぜなら明治維新以降、幕府に支援されていなかったからです。そして能楽界の人々は自分たちで資金と観客を集めなければならなくなっていきました。一方、外国人は能への直接的な接触があまりなかったのですが、海外における能の普及活動は次第に重要になっていきました。例えば20世紀のイェイツの作品からブリテンの作品に至るまで、深い感銘が与えられました。今日21世紀では、影響のベクトルがある程度逆になったように感じられます。凝縮された身体技法、英語能や スペイン語能などの外国語能、能と西洋演劇との融合作品などが作られています。こうした状況は、今日の能を取り巻く厳しい規則を再考し、新しい時代の担い手をインスパイアーすることでしょう。
(本人の希望により、このページへの掲載は控えさせていただきます)
Dan Sherer (Universiy of Southern California)
時代小説などに、「松永弾正久秀」という人物が登場する。将軍を暗殺したり、主君である三好家を乗っ取ったり、東大寺大仏殿を焼き討ちしたりする、冷酷な悪党として描かれることが多い。しかし、そのイメージは、優れた政治家であり、文化・芸術にも造詣が深い戦国大名、という人物像をねじ曲げてしまっている。そこで、本稿では松永久秀の政治的役割を中心として、その功績を明らかにしたい。先ずはその生まれ・出身を考察し、それから三好家家中における役割を復元する。最後に、三好三人衆及び織田信長との関係を解き、その最期をのべる。
Aleksandr Sklyar (Colgate University)
福島第一原子力発電所の事故は、限られた空間としての「福島第一原発」の「境界」を広く越えたものである。放射性物質は、地元の住民たちが保有していた空間、及び財産の「境界」をも破り、住民たちの生活の中にまで侵略したことになる。本稿では、この「境界」をキーワードとし、福島第一原発事故が初めて日本のニュースメディアの見出しに登場してからの10日間の報道に対象を絞り、この初期報道の話題の表れ方を分析する。ここには、様々な「境界」の破壊、新たな「境界」の設定が見られる。それから、チェルノブイリ原発事故のリクィダートル(事故後の処理業者)と彼の妻の証言に基づき、これからの福島第一原発の周辺処理作業の過程に生じる可能性のある幾つかの話題も提示する。
Maya Stiller (University of California, Los Angeles)
本稿は20世紀初頭の視覚的な資料や文献を通じて朝鮮半島にある金剛山の価値づけを検証する。金剛山は今日まで韓国の国家の視覚的なシンボルと見なされている。これらの過程を通して、旅行に関しての視覚的な資料や文献はどのように文化的なアイデンティティに影響を与えたかということを明らかにしたい。
Kendra Strand (University of Michigan)
「富士山」という名前を聞くと、数多くの風景写真を初め、広重や北斎の木版画などの様々なイメージが浮かんでくるだろう。 富士山が古代から有名な場所であり、現在でも国際的な共通認識の一部になっている。このような有名な場所つまり「名所」という概念は、抽象的な文化と具体的な場所、つまり地理とがつながるポイントであると考えられる。従って、富士山は名所として地理的な「場所」を表すと同時に、歴史的文化的な創造に関する共通認識の「空間」も表す。ここでは式部輝忠の「富士八景図」(15−16世紀)を中心に、富士山や東海道に関する和歌、紀行文、絵画を通し、富士山の「創造された景色」を眺め、その背景を想像し、新しく描写する。
(本人の希望により、このページへの掲載は控えさせていただきます)
Wilson Velasco (Stanford University)
近年、アメリカでは自殺に至るまでの同性愛者に対する嫌がらせや憎悪犯罪事件が多くあることが議論となった。それに対し日本ではそうした事件があまり報道されないため、アメリカ人より日本人は同性愛者に対してより寛容で、暴力や暴行はないと思い込みがちである。しかし、こうした平和的見方は実際は幻想であり、同性愛者に対する差別や同性愛嫌悪の表現が一般的に見られにくいのはメディアによって当事者がゲイであることが隠蔽されることで、無視されてしまう状況にあるのではないだろうか。本稿では、日本における同性愛者の態度のみならず、「男らしさ」への社会期待の観点からも議論したいと思う。
Yu Yang (Columbia University)
本稿は1923年の関東大震災の後、東京と横浜において策定された復興都市計画とその実施について検討する。復興のため道路、公園などを新たに設けた結果、東京と横浜には新しい都市空間が生じ、新築された建築はモダン的昭和文化を具象した。それとは対照的に、浅草など下町の地区は放置され、無秩序な空間と混乱した生活状態が残存していた。こうした新旧空間の混淆が多くの作家に影響を与えた結果、彼らはその作品で都市空間における体験や印象を描写し、モダンな文化的空間を文学の中に創出した。本稿では都市計画や建築、文学作品の考察を通し、昭和期に隆盛を極めたモダンな都市文化に対する認識を深めたい。
William Evan Young (Princeton University)
現在の江戸時代に関する医学の研究においては、医学理論や治療方法が分析対象の主流である。しかし、医療は"病"という経験における一部に過ぎない。江戸期の病人、家族、隣人等の病気の経験全体を明らかにするためには、医療と病の周縁の文化的な側面にも目を向けるべきであると考え、古医書だけでなく、病人によって書かれた史料を分析する。本研究では、読本作家として知られている滝沢馬琴の日記に注目し、江戸町人の病気と治療に関する習慣と文化を検討する。当時の人々の病人との交流の仕方、家族と友人の役割、見舞いや贈り物の習慣、医療情報交換の状況について考察したい。
Katherine Brooks (University of London)
1797年に生まれた歌川国芳によって描かれた『源頼光公館土蜘蛛妖怪図』という版画について発表する。この版画は、天保の改革の際に江戸幕府が行った検閲の間に制作されたが、さらにこの社会的な状態が当版画には巧妙に反映されている。と同時に、国芳の想像力が鮮やかに表されている。本発表では、幕府に対して批判的なうわさが生成され、その結果、心配した版元によって残っている版画や材料が破壊された経緯、そしてこの版画が江戸の庶民にどのような影響を与えたかと言う順で話したい。
Alex Bueno (Harvard University)
この発表では、黒川紀章が設計した中銀カプセルタワービルを歴史的建造物として保存すべきであることを主張する。すなわち建築作品としての価値を理解いただく目的で、デザインに潜む思想を説明しようと思う。具体的にいうとそれは、建築界へ向けた提言であり、日本の「伝統的」建築、欧米への姿勢、都市空間の機能やそこにおける生活の解釈、未来の捉え方など様々な要素を含んだ説明になる。しかし議論が複雑になるのを避けるため、抽象的概念、特に建築家による矛盾した論理を具体化・簡約化し、出来る限り写真や間取り図などを活用しつつ、中銀カプセルタワー保存への理解と支持が得られるような発表を目指す。
Jamie Cox (University of Montana)
私は、「悲しい人生」を描くことで有名な太宰治の作品を、「戦争観」という視点から読み直しを試みた。太宰治が第二次世界大戦直後から死までの三年間に書いた3つの作品、『トカトントン』、『斜陽』、『冬の花火』には、日本社会における異なる立場の登場人物-上流階級、地方在住者、元兵士-が出てくる。これら登場人物の戦争観は、太宰のどのような立場を反映しているかを考察し、太宰の戦争観を研究する。
Michael Craig (University of California, Berkeley)
日本製ロールプレーイングゲームといえば、物語。プレーヤーがキャラクターを通じてゲーム内の世界を探求したり、敵と戦ったり、問題を解決したりするのは他のジャンルと共通だが、同時に、RPGにおいては同じキャラクターの性格や心理的問題を描く物語も展開する。従って、RPGを効果的に読解できる批評手段はプレーヤー活動だけ、あるいは物語の内容だけを分析するのではなく、プレーヤーの行為とプレーヤーが支配できない物語の間における相互介入を考慮しなければならないであろう。本発表は、イアン・ボゴストによる「単位運用」というゲーム批評モデルと東浩紀によるオタク消費の「データベースモデル」を組み合わせながら、RPGに相応しい批評手段の構築を試みる。
Michael Crandol (University of Minnesota)
「四谷怪談」は日本で一番有名な幽霊談であり、映画の誕生から何回も映像化された。様々な作品の中で、最も高く評価されているのは1959年に公開された中川信夫監督の「東海道四谷怪談」である。他の監督による「四谷怪談」では、お岩という怨霊はたんなる化け物として描写されるか、または民谷伊右衛門という主人公の内面的な罪の象徴にすぎない。前者の映画は意味のない単なる娯楽映画として、後者は恐くなく、怪談としては失敗作として見なされることもある。他方、中川の映画では、恐ろしい化け物だけではなく、心理的な象徴としてもお岩が描かれている。中川監督はどのような方法を用いたのであろうか。これから説明を試みたいと思う。
Karen Curtin (Ohio State University)
本発表では作動記憶モデルにおける音韻ループを紹介し、音韻ループと外国語学習との関係について述べる。音韻ループとは四つに分別される作動記憶(ワーキングメモリー)モデルの一つの部分であり、音韻的な音を耳にした際、その情報を保持する脳の機能のことを指す。音韻ループという概念は1973年バッドリー博士とヒッチ博士によって確定され、現在も重要な記憶の機能だとされている。音韻ループはさらに二つの機能に分けられる。一つは耳にした音韻的な情報をそのまま約2秒保つ。もう一つは自分で声に出して情報を繰り返すというメカニズムによってより長く保つということである。この音韻ループについて説明した上で、外国語学習との関係、とりわけ初級段階でのこのモデルの含蓄について検討する。
Paula Curtis (Ohio State University)
中世日本(13~16世紀)のイメージは、武士や戦争によってその歴史が彩られています。歴史的に見ると、有名な大名、あるいは武将の名前しか注目を浴びることはありません。しかし、この物騒な時代には、支配者だけではなく、支配されていた者も大切な役割を果たしていました。とりわけ職人が中世日本の社会発展に対して不可欠な存在でした。この発表では職人の高まる重要性に起因する階層と国レベルでのアイデンティティー形成や意識に関してお話します。そのため、職人のギルド組織の発展と職人生産に対しての政治的な態度について説明します。
Armanada Dingledy-Rodie (University of Oxford)
大阪城はどのような所なのだろうか。近代の大阪城は三番目の大阪城で、1931年に再建された鉄骨鉄筋コンクリート造りのものだ。中は博物館として使われており、大阪城の歴史を中心に、美術品や史料が展示されている。最初の大阪城は豊臣秀吉の時代の1585年に建てられた。豊臣と徳川の最後の戦い、大坂夏の陣(1615年)で焼かれ、徳川時代の1626年に再建されたが、1665年落雷によって失われた。この発表では「なぜ1931年にコンクリート造の大阪城が建てられたか」ということについて説明するとともに「大阪城はどのようなものか」、つまり大阪城は偽物か復興建築か模擬天守閣かモダン建築かについて検討するつもりだ。
(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)
Jennifer Guest (Columbia University)
この発表では、清少納言の「枕草子」の風刺的な面を簡単に紹介し、特に平生昌という人物を嘲笑する段を取り上げる。生昌は清少納言の主である中宮定子に仕える生真面目な家臣であるが、言語的にも社会的にも過失を犯し、何回も清少納言の機知に打ち負かされる。生昌のどの点が喜劇的な対象になったのか、そして注目されている欠点がどのような文化的背景を反映しているのかという問いを通して、清少納言の言語意識、教養に関する態度やコメディー観を簡潔に分析する。
Richard Helzberg (Oberlin College (Kyushu University))
日本は経済大国であるが、少子高齢化の急速な進行及び厳格な移民政策やグローバル化によって、現在様々な問題に直面している。又他の先進国に比べて外国人労働者が全労働人口に占める割合は極めて少ない。数年後深刻な労働力不足に陥ることが明らかであり、それを穴埋めするために、外国人労働者を採用しなければならない。そのためには、日本の大学での留学生受入れ及び高度専門教育、又就職活動を支援する必要がある。しかし、「留学生30万人計画」に基づき国内の留学生は増えつつあるものの、就職には結びついていないのが現状である。この問題を解消し、日本企業のニーズに応えることを目的とした産学連携プログラムを検討する。
(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)
Clare Huang (Yale University)
日本では明治時代から欧米各国が設置したような国立公園をつくろうとする動きがあったが、「国立公園法」が制定されたのは昭和六年(1931)のことであった。その間に、「国立公園」とはいったいどのような存在であるべきなのか、どのような目標・使命を持つべきなのか、様々な議論が続出し、その中には経済、政治、文化、衛生上の考慮も含まれていた。国内外でもよく知られている観光地として日光は特に注目され、各界の要求と利益衝突の競技場となった。当時行われた環境保護・史跡保存と地方経済・工業発展の間の議論は更に多角的に検討できる。近代レジャーとツーリズムの興隆ばかりではなく、国家意識・国家主義の高揚及び当時求められた「近代化」の本質といった点からも国立公園について考察する。
(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)
本研究は、日本の明治時代の産業政策と、中国の国民政府時代(1928~37)の工業化を促進する政策との関連性を摸索することを目的としている。中国国民政府の対外経済政策の成功の要因の一つは、工業発展を目的とし、制度的・財政的な基礎を構築したことである、との見解が日本における経済史研究にある。アジア国際経済史の分野でも、戦間期、中国国民政府が積極的に経済政策を打ち出し、特に工業化の初期階段において輸入代替工業化を進め、経済発展に成功した、との主張が見られる。このような国民政府時代の中国の工業化にとって、日本の工業化の経験が重要な意味を持つのかということを考えたい。
(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)
現在、西洋と日本における仏教学界での研究はしばしば、教義に対する価値判断をせずに外の立場から仏教の諸々の信仰や活動などを説明することを目指している。これに対して、日本で80年代に成立した「批判仏教」という学究的な運動は、正しい仏教と非仏教を明らかに区別することに努め、教義的な批判を行っている。 この運動の歴史的な背景、学問へのアプローチ、仏教の定義のしかた、そして、利点と限界を検討いたします。
Lola Martinez (University of California, Los Angeles)
数十年にわたり、歴史研究ではいわゆる「植民地化の過程」は単に「男性的な」実践だと考えられていた。更に、植民地支配下にあった女性の役割、又、女性の植民地化における協力活動や抵抗活動は著しく軽視された。特に植民地支配下の朝鮮半島で起きた女性運動は当時の反日独立運動に従属したものと見なされ、日本の場合では戦前の「婦人集団」は国内の状況にしか関心を示さなかったと考えられている。だが、植民地拡張を背景にこの二つの一見孤立したように見える運動は知的な交流や個人的な繋がりによって相互に補完されたと言える。
本発表では、どの程度両岸の第一波女性解放や参政権運動が互いに認識されていたかについての問題を提起する。
Michael McCarty (Columbia University )
1220年代に書かれた『六代勝事記』(以下『六代』)という歴史物語を紹介する。『六代』は承久の乱(1221年)における後鳥羽上皇の敗北を機として書かれたもので、著者は不明だが、一生涯朝廷に仕えた60代の僧であることが推測され、著者独自の観点がうかがわれる。著者の上皇に対する批判は厳しいのに対し、源頼朝などの武士に対する評価は高い。本研究では、平安末期から鎌倉初期の出来事を本書がどのように記述しているかを見ることにより、著者独自のスタイルや歴史観を考察する。更にこれまで注目されてこなかった『六代』の歴史的価値を明らかにすると共に、『六代』独自の歴史観を探ることにより、従来の鎌倉史研究の説が側面的であるとして批判する。
映画は一体どのように我々に語るのだろうか。
この問いに答えるために、私は映画「家庭教師」を自主制作した。脚本を書き、監督をすると同時に出演もし、そして曲を付けるために作曲家とやり取りをした。第二言語話者としての上達を目指し、意図的に日本語で制作した。しかし、日本語の練習になっただけではない。というのは、映画も一種の言語だからである。私は映画制作によって「映画」という「言語」をより深く理解しようとした。私が撮った「家庭教師」について検討し、映画の言語を解き明かしてみよう。
Alison Miller (University of Kansas )
明治時代、日本女性は社会で新しい役割を務め、産業界にも活動的な生産者として参加しました。しかし、同時に女性は基本的な政治権力と自由は否定されていました。この発表では富岡製糸場を取りあげ明治時代女性のイメージがどのように1870年代と1880年代の社会の価値観を映しているか見ていきます。
富岡製糸場のイメージとして富岡の技術を称えた錦絵や昭憲皇太后の富岡行啓を描いた日本画があります。明治時代の文化コンテクストの中で富岡製糸場を題材とした視覚資料を調査することによって明治政府が女性の役割をどう考えていたかを示します。
Matthew Mitchell (Duke University)
近世の身分制度の下で保障された特権あるいは差別は明治初期に廃止された。これによって、旧身分の集団はそれぞれ新たに受容した権利の主張あるいは以前の差別の維持をめぐってよく衝突した。近世の身分制度は政治や経済的な制限を超え、宗教的な領域に至ったので、神社や寺院、儀式や祭りも論争の場になった。本発表では明治9年に大審院民事裁判に持ち込まれた、神社に関する例を分析し、近世における身分を介した神社との関係だけではなく、近代において法律上新たに平等になったはずの氏子が抱いた期待も検討する。
David Nagy (California State University, Los Angeles)
弘法大師空海は8世紀の有名な仏教僧ですが、その著作は哲学的な要素も多数含んでいます。例えば、「声字実相義」(しょうじじっそうぎ)では、「声」(音)と「字」(言葉)と「実相」(現実)の関係について理論を五つ述べています。これらの理論は声と字と実相は全く異なるというものから、分けられないほど同じだという主張にまで及びますが、空海は後者の理論の方が正しいと断言しています。この発表では、声と字と実相を詳しく定義し、例を通じて理論を説明した後で、空海の立場が可能である根拠を示します。
(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)
Quoc Ngo (University of California, Berkeley)
1919年のベルサイユ条約で、南洋群島、すなわち現在のミクロネシアにあるマーシャル諸島やカロリン諸島、は大日本帝国の委任統治領になった。日本政府は国際連盟から島民の文明レベルを高めるという責務を課せられた。しかし、国際連盟の管理は厳格ではなかったため、当時、日本の政府はその群島を植民地のように支配した。だが、台湾や朝鮮半島と比べると、ミクロネシアに於ける方針は違っていた。この発表では、日本政府と「南洋興発」という会社の経済発展の方針や教育制度を検討し、島民に対する見方はどのようにその発展的な方針に影響を与えたか、なぜ他の植民地と比べて南洋に於ける方針は異なったのかを論じる。
Aaron Proffitt (University of Michigan)
法然と中世の文化的な文脈との関係について発表します。法然は単に日本仏教自体に抵抗した異端的で過激な思想家として理解されるのではなく、多様な大乗仏教の文脈に参加した仏教徒であり、完璧なものを象徴した浄土と現世の見せかけの「悪い人間性」との外見上の「差」を解決するために、いろいろな概念的なモデルを提示した思想家として理解されなければならないと主張しようと思います。
Gabriel Rodriguez (Stanford University)
江戸時代の社会や文学では、「男色」という言葉やコンセプトが存在し、異常ではないことだった。しかし、明治時代から、「同性愛」というコンセプトがタブーになり、明治時代以降の文学にはそのような関係の代表がなかなか現れなくなり、現れても「恥」や「隠す」という言葉と強く繋がっていった。その上、昔と違って、現代の同性愛の描き方では、肉体関係がつよく強調されている。この発表では、日本文学上の同性愛の描かれ方がどのように変遷してきたか、また、なぜそのような変遷があったかということを法律改正や社会運動の歴史とともに明らかにしたい。
Pamela Runestad (University of Hawaii at Manoa)
(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)
(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)
Kunmi Sobowale (Yale University)
多くの学者によって指摘されているように、ひきこもりには様々な原因がある。しかし、日本以外にほとんどひきこもりが存在しないという事実は、原因に何か共通する要素があることを示している。本研究は、ひきこもりの各主要因(教育制度、いじめ、家庭教育)の中に横たわっている恥が重要な役割を果たしていることを論ずるものである。恥は、非常に破壊的な感情的効果を持ち、日本社会に浸透している。そこで、ひきこもりを防止、治療するために恥、とりわけ社会的不名誉について考察しなければならない。
Sara Sumpter (University of Pittsburgh)
北野天満宮の創建に関する史料には、多冶比あやこという女が記されている。菅原道真(845¬903)の死後、神として祀られたいという託宣を三人の人物が受けたが、あやこはその中の一人とされている。全ての記録では、あやこは身分は低いが心は純粋な女だと説明されている。しかし、縁起と結びついている絵画史料では、あやこは中性的な童子として描写されている。本発表は中世における「聖なる子供」という宗教的な図像を中心として、あやこの伝説とその視覚的表現の間にあるイメージ/テキストの相違を分析し、多冶比あやこがなぜ童子形として描かれているのか、その可能性を一つ挙げる。
Robert Tunstall (Knox College )
自主制作映画「家庭教師」の音楽では、ライトモチーフ(示導動機)という技法を用いている。この発表では「家庭教師」に登場する三人の音楽のテーマの構造、繋がり、そして重なり方について説明する。第一に、三人のテーマを一つ一つ取り上げ、それぞれの特徴、またその登場人物自身とどのような関係があるか、詳しく説明する。第二に、テーマとテーマの間の共通点、相違点、または対立しているところについて述べる。そして最後に、この三つのテーマはどういう風に展開し、互いに重なり合っていくのか、とういうことなどについて話します。
Laura Waiss (Indiana University Bloomington)
日露戦争は20世紀初頭に全世界が注意を払った戦争だったと言える。電報普及のおかげで初めて戦争の出来事が起こった直後、その報道が地球一周できるようになった。その上戦争によって日本は西洋に大国として認められるようになり、その結果、社会ダーウィニズムという理論の妥当性を揺るがせた。戦争の様々な影響やその後の歴史に残した結果について考えれば、その時代の人々はどのように戦争を見ていたかという興味深い質問が出てくる。
本発表では戦争との関係が大変異なる日本と米国に於いて戦争に関する出来事、特にポーツマス条約と日比谷焼き討ち事件は日米の新聞でどのように解釈し表現されたかを明らかにすることを目的とする。
Cristina Almendarez (Yale University)
日本人は世界中で長寿で知られている。その上、すべての国民が健康保険に加入し、政府が医療制度の充実に力を入れており、先進国の羨望の的と言える。しかし、急速な高齢化によるコスト増のため、日本の医療制度は崩壊の危機にあり、政府は医療費削減を最優先課題としている。
医療費削減対策の一つとして、生活習慣病予防などを目標とする「健康日本21」プロジェクトが進められている。本発表では日本の医療制度の問題点を明らかにし、「健康日本21」キャンペーンの効果を検討する。
Erika Alpert (University of Michigan)
現代の日本人は、結婚に関する危機感を感じるようになっています。20世紀の後半から日本の平均初婚年齢が上がりつつあり、生涯非婚率も上がり、この2つの傾向と同時に日本の出生率が著しく下がりました。それはなぜでしょうか。日本人は結婚に向いてないのでしょうか? 結婚する意志がないのでしょうか? あるいは、去年のベストセラー『婚活時代』の筆者らが言うように、様々な社会情勢の悪影響で、ただ結婚できないだけなのでしょうか。私の発表では今の結婚の状態、そして非婚対策として生まれ変わった「お見合い」の実践例を探っていきます。さらに今後の研究の方向性についてもお話しします。
Charles Alvarez (Yale University)
仏教と社会運動及び社会福祉との関係について研究しています。仏教の思想は現在の日本の価値観に影響を与えているとよく言われていますが、社会運動とはどんな関係があるのでしょうか。興味深いのは、宗教制度によってソウゾウ(創造/想像)されたモノと現実の世界との関係はどのように表れてくるのかという事です。特に想像されたモノは実際に作られた物と物作り活動を通して,現実の世界とどういうつながりがあるのでしょうか。まず、現代、そして鎌倉時代の例を挙げてお話ししたいと思います。
Benjamin Boas (Brown University (Kyoto University))
日本で最も人気がある代表的な室内遊戯のひとつである麻雀を打つ日本人のほとんどは、厳密に言えば、法律に違反している。これは、たいてい賭事として行うからである。しかし、麻雀に関する取り締まりの判断は、賭博行為か否かということとはほとんど関係がない。賭けを目的としない高齢者向けの麻雀を主催しても、逮捕される可能性がある。
本発表では、こうした事例を詳細に検討し、今後この状態がどう変化していくかについて考察する。
Katrina Brett (Willamette University)
「ヤクザ」といえば、多くのアメリカ人は小指がなく刺青をたくさん入れた男たちが、アメリカのマフィアのような非常に家庭的で忠実な親分子分関係を必死に守っている、暴力的な集団と考えるだろう。このような映画によく出てくるイメージは一般的に知られているかもしれないが、それと比べるとヤクザの日本国内の経済的活動や国際的な影響についてはあまり知られていない。この発表では、ヤクザの成立、現代の収入源や国際的影響を少し説明したいと思う。
(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)
(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)
Rushelle Byfield (Yale University)
日本は現在、薬市場で世界第2位を占めているにもかかわらず、新薬、特に、海外からの薬の承認にかなりの時間がかかる。そのため日本の市場では、世界でもっとも売れている新薬のわずか30%しか販売されていない。新薬承認にかかる時間は、アメリカやイギリスが平均約500日であるのに対し、日本は1400日、ほぼ3倍である。これが、ドラッグ•ラグと呼ばれてきた現象である。日本のドラッグ•ラグの原因として主に指摘されているのは、その臨床試験の仕組みである。本研究では、ドラッグ・ラグに対する政府や企業の対策について分析、検討した。
Cheng-Heng Chang (University of Illinois at Urbana-Champaign)
戦後、日本最大の淡水湖である琵琶湖の汚染が悪化し、60年代以降様々な学者の注目を集めた。80年代には社会学をはじめとした種々な専門分野の七人の学者が研究チームを組織し、琵琶湖周辺の村でフィールドワーク調査を始めた。彼らが注目したのは、この地域の水利用の伝統文化と近代化以前の生き方だ。そのアプローチは、一般的に地図や統計などの資料による分析と異なり、地元の視点と知恵から学ぶ方法だ。つまり、「虫の目」の視点で人間と自然を結びつける環境文化の可能性を探求した。彼らの研究成果は、単なる学術研究にとどまらず、文化の再創造と政治形態の変化を促す効果もあると言える。
Suzy Cincone (Indiana University)
私は明治時代と大正時代に東南アジアへ移住した日本人について研究しています。従来の研究では日本から東南アジアへの移民は植民地主義と第二次世界大戦との関連において論じられており、だいたいそれ以前の移民の存在は無視されています。しかし、第一次世界大戦以降、東南アジアへ渡った日本人の経験はそれ以前の移民の活躍に基づいたので、その明治時代の移民は非常に重要で、無視することができないと思います。この発表では、彼らの明治時代の移民の重要性と影響を示すために、ある典型的な人物の経験をご紹介したいと思います。それによって、明治時代と大正時代の移民の経験とその歴史的の重要性が明らかになると思われます。
Benessa Defend (University of Massachusetts)
RFID (Radio Frequency Identification、「電波による個体識別」)という技術は第二次世界大戦で航空機を確認するために開発されましたが、現在、交通機関やペットマイクロチップIDシステム、パスポートなど、様々な領域で利用されるようになってきました。ところが、RFIDの利用が普及すると、セキュリティーとプライバシーの問題が発生しました。この発表ではRFID技術が個人、企業にもたらす潜在的問題を指摘して、個人にできる応急の対策と、企業側が行うべき抜本的な解決策を例証します。
John de Perczel (University of Southern California)
ファンサブというのは、外国語のアニメなどのファンたちが、字幕翻訳をすることである。90年代以降、インターネット上で行われるようになった。知的財産を守る立場からは、違法とされている。それに対して、情報の自由を守る立場からは、この違法性が疑問視されている。
これまで、アメリカのアニメ産業は、ファンたちとの関係を良好に保つために、ゆるやかに対応してきたが、現在、ファンサブは確かに深刻な問題になっている。私は、この解決法として、今後はデジタルミレニアム著作権法などを使って、ファンサブを制限し、同時に、ファンサブ翻訳家と協力して、作品をより早く配布すべきだと考える。
James Edwards (University of California, Los Angeles)
「音楽は兵器なり」。文化行政官にこうした極端な公式見解を突きつけられた昭和国家主義時期の音楽界はどのように対処したか。本発表では、直接の抵抗から積極的な協力に至るまでの色々な対応を紹介したいと思う。殊にいわゆる「日本的」作曲をめぐる論争に焦点を当てたい。邦楽やその派生モチーフなどを日本の文化的優越の証として捉えた国粋主義者、またはその公式見解に対する批判者の思想を文化史的文脈に位置づけることで日本の現代音楽の政治的な側面を再考する。
(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)
Kjell Ericson (Stanford University)
ゴムボールは第二次世界大戦とあまり関係ないように見えるだろう。しかし戦時下の日常生活において、資源の重要性は大きな課題となっていた。そして戦果として自動車や靴に不可欠な天然ゴム資源が東南アジアから日本に入ってきた時、白いゴムボールが大日本帝国の子供たちに大量に配給された。ゴムボールは「メード・イン・ジャパン」の象徴的な製品として扱われると同時に、このおもちゃに必要な素材がどこから来ているのかが当時の授業でも取り上げられていた。そもそも、遊び道具はどのようにプロパガンダに利用できたのであろうか。この点を探求しながら、あまり知られていない戦争の実話を紹介したい。
Andrew Fleury (Stanford University)
英語で話すとき、主に口調と話し方によって丁寧さが表現される。一方、日本語で話すと、文の終わり方も考えないといけない。一般的に英語で書かれている日本語の教科書ではこれをプレーンスタイル(普通体)、あるいはポライトスタイル(丁寧体)と言うが、エレノア・ジョーデンが提案した更に適切な用語を使った場合、ディスタル、あるいはディレクトと言える。実際、単語や口調はその場にふさわしいものを使っていても、文体が不適当なら、聞き手にとって奇妙、かつ不愉快に聞こえてしまう。本発表では日本語における文体シフトを取り上げ、ポライトネスと文体シフトにかかわる二つの言語学理論の適用性を分析したいと思う。
これまで、 建築学界では悲惨なほど「建築」と「アーバニズム」が人為的に分けられてきた。そこで「建築」と「アーバニズム」に対する新たな枠組みを確立しないといけない状態になっている。私の研究の目的は、この2つを統一する新たな枠組みの確立を企てるということである。また、この枠組みを用いて、ゴールデン街と丸の内を例にして分析する。この枠組みは、アインシュタインによる「時空」という仮説に基づいているので、「街空」という名を付ける。
Yulia Frumer (Princeton University)
歴史文献を見ると、現在の日本社会の時間厳守はいわゆる日本文化の特徴ではなく、むしろ明治時代に行われた時間制度の改革やそれに伴う時間厳守の教育の結果だということが明らかになる。この変遷に注目し、明治時代を時間認識の誕生の時として指摘し、明治時代以前は時間認識がなかったと論じる学者もいる。しかし、時間厳守は必ずしも時間認識の根本ではなく、むしろ、その一つの側面にすぎない。時間は様々な要素によって把握され、時間認識は歴史的な状態に従って形成される。本発表では、時間厳守の視点から見るのではなく、江戸時代の時間認識を述べた上で、時間認識の多様性を明らかにしたい。
Patrick Galbraith (Sophia University)
本研究は、東京の「電気街」として知られる秋葉原におけるオタクのイメージ変化を経済的・社会的・政治的側面から、民族学的調査法によって明らかにするものである。秋葉原という空間を記号として用い、オタクの勃興/進化を説明する。2005年の「クール・ジャパン」ブームをきっかけに、サブカルチャーはポップカルチャーとなり、メディアでの秋葉原/オタクの取り上げられ方は個から公、陰から陽へと大きく変化した。オタクの象徴は二極化し、秋葉原の風景は二分化された。国内外からの非同時的な圧力により形成された、「クール」な秋葉原におけるオタクのイメージは、そこに集まる人々の行動をも制限することとなったのである。
Kathryn Goldfarb (University of Chicago)
日本では約3万人の未成年者が、児童擁護施設つまり保護者のいない子供のための施設で暮らしている。少女漫画の『キャンディ・キャンディ』やボクシングアニメの『あしたのジョー』に児童擁護施設が出てくることはあっても、普通このような施設は「隠された存在」になっている。だが、隠されていても、要保護児童はしばしば偏見にさらされ、また施設内でいじめや虐待を受けたという経験談を耳にすることがある。その上、養子として受け入れられる率は非常に低く、里親制度もまだ発達していないのが現状である。
このような状態を背景として、横浜市の「杜の郷」という新しい児童養護施設が今年スタートした。職員の方々は、子供のライフチャンスを保障することを強調しながら、社会的意識を高める希望を抱いている。さらに、子供にとって良い施設を作ると同時に、児童養護施設の必要性そのものを解消する夢の実現も目指している。
William Hedberg (Harvard University)
18世紀の唐話学を背景に、徳川時代には「小説化」とでも呼ぶべき文芸の傾向が見られた。中国明代と清代の文人は水滸伝や三国演義といった白話小説を文字通り「小さい話」と見なし、そもそもこうした小説を無視したが、日本では中国の白話文学はかなり高い地位を占め、大切な教育資料として扱われた。殊に当時教育者として尊敬された荻生徂徠と彼の儒教塾で漢語教師として有名であった岡島冠山は日本における白話文学の歴史において計り知れぬほど大切な役割を果たした。本発表は徂徠と冠山の貢献に焦点をあて、「小説」という言葉の来歴を通じて、日本のいわば「小説化」を検討する。
Hilary Holbrow (Boston University)
植民地時代から定住している在日韓国朝鮮人、70年代から日本に戻りはじめた中国帰国子女、増加する一方の日系南米人。日本は年々多様化しつつあるにもかかわらず、日本の教育制度は、画一性を重んじ、同化を掲げてきた。そのなかで、日本の公立小中学校がどのように外国人子女、または外国とのつながりがある児童生徒に対応しているのかを実例を挙げて明らかにし、利害関係者がどのようにこの子供たちに対する教育を位置づけているのか、そして現実的にどのように教育制度を整備していけばいいかを考察する。
Matthew Iannotti (University of Massachusetts)
15.74億人のウェブユーザーがいるインターネットは世界で最大の市場ですが、インターネットに対する人々の考え方は、以前とは大きく異なってきました。その新しい考え方の象徴として、Web 2.0という概念が頻繁に使われています。Web 2.0は単なる流行語、あるいは実質的な意味がない言葉だとよく言われています。しかしビジネスにおいては、ウェブがどんなに重要で、革命的であるかを実感し、上手に使わないと競争力が低下してしまい、成功しません。本発表では、Web 2.0を有用な概念とし、現在の企業がどのようにウェブを活用するべきかを具体的に提示しながら議論したいと思います。
James Jack (University of Hawaii)
これまで私は研究テーマとして芸術作品の人工と自然の関係について検討してきた。まず自然環境はどこから始まるのか。あるいは文明はどこで終わるのか。本発表では、文明と自然の繋がりを連続的なものとしてとらえ、1960年代に行われた「もの派」という現代芸術運動について述べる。さらにその概念(コンセプト)の流れにそって私の作品をこの文脈に位置づけ紹介したい。注目したいのは、場所(サイト)とダイナミックな関連のなかで、日々進化し続ける制作意図を改めて問い直すことである。
Sarah Justeson (University of Buffalo)
働く日本人の典型的なイメージは、集団主義的で、個性が尊重されない、というものかもしれません。ですが、日本でも一人で何もかもして働く人がたくさんいるのです。この発表では、コンピュータ会社の正社員からカフェの経営者になった一人の女性、あき子さんを紹介します。自分の時間がとれないこともありますし、一人でできることに限界もありますが、カフェにはあき子さんが自分で決めた規則があります。それは無駄をつくらない、余らせない、流行にのらない、ということです。地域にとけ込み、お客さんが作ったものを売ったり、ライブをしたりしています。こうした努力の結果、カフェはパンの香りがする、ぬくもりがあるところになっています。横浜の住宅街にある「山角」という隠れ家カフェへ、ようこそ。
Gautam Kene (Columbia University)
発明者を保護し、その努力に報いるものとして特許権はきわめて重要だと考えられているが、その権利が強化されたのは、アメリカにおいては、プロパテント政策が採用された、ほんの30年前に過ぎない。そして、それと共に、「特許ゴロ」というものが生まれた。特許ゴロというのは、特許を持っていても、その特許の技術を使って商品などを全く生産せず、ただ、何億円の損害賠償金を請求するためだけに特許を取得している会社のことである。
本発表では大量にアメリカの特許を取得している企業の訴訟事件を分析し、最近の特許法の改正が日本企業の訴訟事件の状況にどのような影響をもたらしたか、その改善のための政策を見、アメリカの特許ゴロは日本においても生まれるかを予想する。
Helen Kenyon (University of Cambridge)
インターネットにおける日記のような形で、定期的に更新されるウェブページの「ブログ」。日本では2003年から本格的に広がりはじめ、膨大な数にまで増加した。それに比例するように、企業は個人のブログの宣伝力に注目するようになり、「アフィリエイト・マーケティング」というビジネスモデルを採用する企業も急増している。しかし、もともと「個人」の情報発信ツールとして人気を集めた日本のブログに「企業」との利益関係が関わってくることを問題視する人もいる。本発表では、日本のインターネット利用者はブログとアフィリエイト・マーケティングをどのように考えているのかということについて考察する。
Aaron Kingsbury (University of Hawaii)
山梨県でワインは約1300年前から生産されています。この発表では、山梨ワイン産業における過去と現在の変化を明らかにし、将来の博士論文の概略を述べたいと思います。日本のワイン消費、農地法、山梨ワイン製造の歴史と地元での葡萄栽培との関連に焦点をあてます。さらに、将来の研究の目標、方法、それから期待についても触れる予定です。
Daniel Kliman (Princeton University)
日本の国際関係において、台頭しつつある中国は最大の問題と言えるでしょう。 パワーを蓄積する中国に対して、日本はバインディングとヘッジング政策を実施しています。まず、日本はバインディングを実行するために中国を様々な国際機構に組み込もうとしています。その一方で、日本はヘッジングとして日米同盟を強化し、同時に東アジア諸国とも関係を強めています。このような日本の戦略的な選択は中国の閉じられた政治制度に根ざしています。中国政府は不透明なので、今後、日本に対してどのような意図を示すか、推測不可能です。その結果、日本は中国が敵視政策を取るリスクを緩和するために、バインディングと同時にヘッジングを行う、という選択をせざるを得ないのです。
Anthony Koutzoukis (Berklee College of Music (Cornell University))
世界第2位の音楽業界をもつ日本の平均的な音楽の消費者にとって、この市場の仕組みは不思議なものであろう。この発表では、日本の音楽業界で、あるバンドの成功法を説明しつつ、このプロセスにおける音楽の消費者の役割について検討したい。また、音楽の消費者にとって、あるバンドの「成功」とはどのように認識されるのか、そしてこの認識は現実とはどう違うのか、ということについて論じたい。
Christopher Kulesa (Stanford University)
本日は、日本企業を17社、面接を22回、志望動機を10枚、試験を5つ乗り越えた、という自分自身の就職活動を振り返えることで、日本語教室では決して学べない外国人向けの「ビジネス・ジャパニーズ」をお教えします。私はこの冒険に挑み、奮闘し、ようやく内定をもらいました。「失敗は成功の母」という言葉をよく耳にします。そこで、発表では、最も鮮やかに自分の脳裏に焼き付いている、成功とはほど遠いエピソードを挙げます。そして、これから日本で働きたい外国人のために、起こりうる困難などについて、包み隠さずお伝えします。
Daniel Kurtz (Northeastern University)
「日本研究センターの特徴は何か」とセンターの存在を知っている人に聞けば、「カンジ・イン・コンテクスト」と答える人が多いでしょう。全ての常用漢字の漢字、単語、例文、音声を含み、漢字の学習に非常に役立つソフトです。常用漢字の個人学習は、センターのプログラムの一環です。これを背景に、センターの知名度を高める可能性、それに新たな財源を開拓する可能性がこのソフトにあります。iPhoneとiPod Touchに「カンジ・イン・コンテクスト」を移植することで、これらの可能性が実現するのです。
(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)
Jinkyung Lee (University of Michigan)
現代になってから世界の交流はますます早くなってきました。現代文明は西洋から始まり全世界に広がったと言っても言い過ぎではないでしょう。 言語的な側面から見て最初は国の開放に消極的だった日本も、知らないうちに西洋の文化に大きな影響を受けたことが分かります。私は西洋の文化を代表することができる聖書が日本語にどのような影響を与えたかについて調べて見ました。現在の「愛」という言葉の意味は聖書によって生まれ変わったと聞くとびっくりすると思います。このように今も一般的に聖書の翻訳語から使われている単語や表現などを紹介し説明させていただきます。
Hsin-Chieh Li (University of California, Irvine)
本発表では1940年に立てられた近衛内閣の文化政策と、台湾の地方文化運動の関係について論じる。従来、近衛内閣のもとで生じた大政翼賛会の植民地文化政策は、戦前の皇民化運動の一環に過ぎなかったとの指摘がある。もちろん、これも皇民化運動の一環であるが、しかし実は、1937年から1945年にかけての台湾における皇民化運動には、様々な形態や目的が存在していた。この十年間の台湾研究の成果を通して、日本帝国下の各地方の知識人が中央からの文化政策にどう対応し、いろいろな可能性をどうやって見つけたかがわかるようになる。そして、日本の文化政策の制定者は、どのように明治以来の日本という「近代国家」に対する認識を調整し、中央対地方という構図からの脱中心化をどう図ったかについて述べる。
(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)
Jennifer Miller (University of Wisconsin)
1951年にサンフランシスコにおいて49の国々が、太平洋戦争を終結させるサンフランシスコ講和条約に署名した。この条約は20世後半の日米関係を構成していくことになったため、日米関係の枠組みを決定した条約として一面的に考えられがちである。しかし、サンフランシスコ講和条約は二国間の条約ではなく、グローバルかつ多国間の条約であり、多様な影響を各国に及ぼした。この影響を具体的に検討するために、本発表では四つの文脈から多角的にサンフランシスコ講和条約の意味を解釈した。
Ryan Moran (University of California, San Diego)
この研究では、国民国家とマイノリテイー運動との関係の再検討を試みました。「部落民」という人達は既存のカテゴリーではなく、明治維新の直後から形成されつつあったアイデンテイテイでした。発表では、部落解放運動(当時は水平社解放運動)と日本の植民地との関係を考察したいと思います。水平社の創立から解散まで、植民地は運動の発展に非常に大きな影響を与えました。例えば、差別問題を解決するために、朝鮮に移民するという計画が提供されました。そして、総力戦に移行した後、部落地域の改善のために国家と協力するように促進した運動家もいました。要するに、部落というアイデンテイテイは国民国家が定着し、発展する過程とともに構成されていったのです。
(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)
Rei Onishi (Harvard University)
2001年に司法制度改革審議会が、国民の司法アクセスを大幅に改善するためにした提案の一つは総合法律支援を行う機関を全国あまねく設立するということである。そして、「法テラス」という、国民に情報を提供し、法律相談や弁護士費用の立て替えなどをする日本司法支援センターが全国各地に設立され、2006年に業務を開始した。本発表では、法テラスの開設理由や特徴を述べ、突きつけられている難題を説明し、法テラスを中心とした法律扶助制度を検討する。このことを通して、司法アクセスを改善するための制度の在り方を考えたい。
Aaron Otani (Yale University)
日本のラーメンは元々中国の麺料理であり、17世紀に導入されたという説がある。しかし、長い歴史、国民食と呼ばれるほどになり日本の独特な食文化として位置づけらている。現在、ラーメン(麺、具材、特にスープ)はまだ進化しつつある。伝統の醤油や塩から、味噌や豚骨のブームになり、今やWスープ、Wテイスト、つけ麺、汁なし等が流行っているようである。その中で、自分にとって癖になる、食べてはまるラーメンはどのような特徴があるのであろうか?さまざまなラーメン屋で食べ歩きながらこの質問に答えてみた。
Zhiying Qian (University of Illinois at Urbana-Champaign)
浮世絵は、「憂世」に生きながらも積極的にこの「憂世」を享受していた町人の生活を反映し、広告の役割を果たしつつ存在していた木版画のことである。それは、構図、着色、摺りの技術といった面で、西洋画と異なる特徴を形成するにいたった。いわゆる三点透視遠近法を用い、クローズアップ、対比的な色遣い、流麗な曲線、複雑な摺り方などの技法により、鮮やかで、豪華な印象が与えられた。また、鈴木春信の描いた繊細で可憐な美人の姿から、鳥居清長の八頭身で健康的な美人を経て、喜多川歌麿の微妙な表情をした美人に至るまで、美の理想像は時代によって変遷したことがわかる。本発表では、このような浮世絵の技法や美人画の変遷について述べ、浮世絵の魅力を紹介したい。
Brian Quinn (St. John's University (Cornell University))
飲酒運転に対して厳罰を求める世論の高まりに応じて、2001年から道路交通法と刑法が次々に改正され、量刑が引き上げられた。例えば、飲酒運転中に死亡事故を起こした場合の最高刑は、業務上過失致死傷罪の懲役5年から、新設された危険運転致死傷罪の懲役20年となった。しかしながら、厳罰を恐れ、事故のアルコールの影響を証明できないようにする目的で、現場から逃走する飲酒運転者が増加した。福岡3児死亡事故では、運転者が現場から逃走し、水を大量に飲んでアルコール濃度を下げてから自首したため、地裁は危険運転致死傷罪ではなく、業務上過失致死傷罪を適用することとなった。こうした問題はどのように是正されるべきであろうか。本発表では、この問題に対する世論と立法を検討し、飲酒ひき逃げについて分析する。
Kristin Roebuck (Columbia University)
戦後、欧米人と性的関係を持った日本人女性は多く、およそ一万人の「混血児」を生んだ。この事実をどう考えるべきかは、当時でも現在でも激しく議論されている。要するに、これらの女性は、占領政治や貧困、そして暴力という強制によって強姦されたか、あるいは、自発的に民族と国家を裏切ることにしたか、という二極の説がある。しかし、どちらの説も同じ前提、すなわち、異民族との性交は恥でも犯罪でもあるということに基づいており、唯一の問題点は責任者が外国人の男性だけであるか、女性も共犯者か、ということだ。どちらにせよ、女性の主体性を軽視する傾向にある。しかも、「混血児」自身を母親や国家に対する犯罪と解釈しては、差別を支えることになる。
Matthew Rosenbaum (Macalaster College (Okinawa Int'l University))
長寿になるにはどうすればいいだろうか。人間の寿命は大体生活によって決まってくる。生活の中で、食事、運動、タバコ、酒、精神状態などは全て大きな影響を及ぼす。日本の3大死因、つまり悪性新生物(がん)、心疾患(心臓病)、脳血管疾患(脳卒中)はある程度生活習慣を変えることで抑制・予防できる病気である。塩分、脂肪(特に飽和脂肪酸とトランス脂肪酸)、そしてカロリーの制限が一番重要で、それに加え、加工食品と揚げた物の制限、適度な運動、禁煙と禁酒が理想的だ。このような生活習慣を着実に実行すれば、より健康でより長く生きていけるようになる。
Patrick Schwemmer (Yale University)
私の研究テーマはシリア系キリスト教の説教演劇と日本の能楽の比較である。宗教的な舞台を読み比べ、脱地域的に「思想の遂行」を追究したい。本発表では、4世紀シリアの牧師・詩人エフレムの物語的かつ問答的な説教歌を論じる。これはルカの福音7章の「罪深い女」がイエスにすがり、罪の赦しを受けるという逸話を脚色したものである。取り上げたいのは、福音の語りには表れないサタンの機能である。西洋キリスト教におけるサタンは人を罪へと誘惑するに過ぎず、罪が犯されると、それを絶対的な真実として視るのは神であるのに対して、この歌では、サタンこそ人間を視ることによって、視る行為に先立っては存在しなかった罪を発見するのである。
Andrew Stuerzel (Wesleyan University)
(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)
Heather Anne Swanson (University of California, Santa Cruz )
近代化のもとで人間の経済・社会だけではなく、人間と自然の関係や動物の生活も大きく変化しました。この発表は北海道のサケの缶詰産業を例として明治時代にどのように動物・自然が「近代化されたか」という問題に注目します。日本初のサケ缶詰工場やサケの国際貿易や北海道のサケのふ化場制度についての資料を通じて、サケの体や北太平洋の生態系の変容を考察します。
Jesse Veverka (Cornell University)
監督として自作の長編ドキュメンタリー旅行記「中国:帝国の復活」を発表する。弟と共にアメリカ、中国を含むアジア各国の旅を通して中国の経済、外交、軍事目的、人権環境などを調査し、21世紀の中国の成長の光と陰を検証する。 現在アメリカと日本は世界で1、2位の経済大国であり、それに中国が続いている。中国が今後世界第一位の経済大国となったら、その時日本はどうするべきか。 最終的には、中国帝国がアメリカ帝国に直面した時、いったい何が起きるであろうかということを問う。
Jonathan Wagner (University of California, Irvine)
中学生のころからスタジオジブリの作品を数多く見てきましたが、特に『ハウルの動く城』に惹かれました。見る度にキャラクターの在り方やその変化に対する疑問が次々浮かんできて、不思議に思いました。
そこでプロジェクトワークの中で,今までに発表された評論などを参考にしながら、『ハウルの動く城』におけるキャラクターの変身、容姿に対する意識や、主人公ソフィーの「愛の力」といった要素について自分なりに分析を試みました。この発表ではその中から幾つかを取り上げ、分析します。
Wrenn Yennie (Monterey Institute)
日本では子供の数が減少し、世界で類を見ないほど少子化が進んでいる。1989年には「1.57ショック」と呼ばれ、出生率が戦後の最低値よりもさらに低いものとなった。2009年5月に政府が公表した統計よると日本の子供の数は1714万人になり、28年連続で減少している。本発表では現在の状況を考えながら少子化対策を検討する。具体的には「エンゼル・プラン」、「新エンゼル・プラン」、「子供・子育て応援プラン」というこれまでの3つのエンゼルプランの特徴、実施状況とその結果について述べ、比較する。2009年の新たなエンゼル・プランの発表の前に、これまでの対策を振り返る。
Sharon Yoon (Princeton University)
この発表は在日韓国・朝鮮人のアイデンティティ構築、とりわけ宗教が与えている影響、に焦点を当てる。主な資料は八ヶ月間にわたる在日大韓基督教東京教会の青年会への参与観察と四人の青年会役員のライフ・ヒストリー・インタビューに基づいている。教会は自由に集まる場所であり、特に民族や国籍を通して自分を理解するのではなく、むしろより広い意味で神様の子供として自分のアイデンティティを構築する傾向がある。
青年会のメンバーは様々な背景から成る。例えば、帰化した在日の三世や日本名を使用する韓国籍の在日二世やいわゆる「普通」の日本人などの人々が毎週日曜日に教会に集まって、日本社会ではあり得ない、または社会では認められない、更に自分に合うようなアイデンティティを再構築しようとする。この発表では、こういったアイデンティティ構築が教会で具体的にどのように行われているかに注目する。
Vanessa Young (University of Washington)
太平洋戦争中、1944年から45年にかけて連合国に負け始めた日本帝国は 神風特攻隊を作り出し、戦争末期の重要な軍事対策とした。軍事教育の教えに従い、国家のため、天皇陛下のためとして戦い抜いた特攻隊員達は、実際何を脳裏に思い浮べながら任務につき、敵の戦艦に激突していったのか? 本研究では、その時代に命を捧げた彼らの本音を探るため、当時の記録、家族にあてた手紙、残された遺書などを分析し、またインタビューによってその心情に迫る。
Benjamin Allen (University of Illinois)
(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)
Brian Ashenfelder (Temple University)
毎年軍事力を強めハードパワーを高めている中国に対し、日本は自国の軍隊を持たず、高齢化、少子化によってハードパワーはますます弱まっています。中国に対してハードパワーで対抗するのが難しい現状、中国とよい関係を築くにはどうしたらよいでしょうか? その解決策は、日本がソフトパワーを強めることにあると考えます。強いソフトパワーがあるということは、それを使った効果的なパブリック・ディプロマシーができるということです。日本政府の対中パブリック・ディプロマシーについて、調べたことを発表します。
Alexander Bazes (University of Pennsylvania)
本発表では、禅宗の瞑想についての様々な論文をとりあげ、丹田の扱いを比較する。また、天台宗や道教とのつながりにもふれ、丹田に対する意識の発展の過程を考察する。
禅宗で重要な位置を占めるようになった気海丹田(あるいは臍下丹田)は一つだけであるが、道教において、丹田は三つである。その考え方は天台宗に受けつがれ、そこでも臍下丹田は瞑想の主な対象ではなかった。
禅宗における丹田の位置づけには、それなりの変化がある。鎌倉時代には、道教や天台宗と同じように扱われた事があり、そして全く無視された事もある。その理由を説明した上で、江戸時代の禅師である白隠慧鶴の解釈をとりあげる。結論として、なぜ白隠慧鶴は丹田を瞑想の中心に位置づけたのか解釈し、その理由を説明する。
Timothy Benedict (Harvard University)
創価学会は展示会、出版物、また池田大作の平和提言を通して平和主義の促進に積極的である。しかし、同時に政治の世界では平和主義の認識が最近衰えてきたとも言える。現在、自衛隊は国連との協力の形をもって世界に派遣され、日本国憲法の第9条改正に関する議論も高まっている。この現状の中、政治活動の長い歴史を有する創価学会がどのように平和主義を政治の世界で促進し、右派思考の高まりを和らげようとしているのかを本発表で考察したい。
Marshall Bennett (Stanford University)
人類の歴史が始まって以来、さまざまな民族が地球上を旅してきた。政治経済学者のアダム・スミスなどは、旅行を通して、ある国民と外国人が新たな考えを互いに交流すると述べている。その結果、多かれ少なかれ、国家は社会と生活の質を改善できるようになった。日本も例外ではない。少子化と高齢化という社会問題を抱える日本において、移民と外国人は新たに重要な役割を果たすだろう。この発表では、日本の新たな少数民族としてのフィリピン人、特にフィリピン人の子供の問題を中心に取り上げる。日本とフィリピンの歴史は比較的浅く、在日フィリピン人の数は日本の少数民族の中で4番目に過ぎないが、日本における少数民族の将来について考えるには好例である。
David Boyd (University of California, Los Angels)
(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)
Matthew Chudnow (The Ohio State University)
中国の唐代の詩人、白楽天の『長恨歌』は『源氏物語』の全体的な構造や登場人物の資質の中で重要な役割を演じている。特に物語の序奏である『桐壺』の巻の深層構造を分析すると、『長恨歌』の物語とそこに登場する楊貴妃という人物の資質の影響が明らかに認識できる。例えば、『桐壺』の巻の前半は『長恨歌』の筋と平行して進んでいる。しかしながら、徐々に『長恨歌』とは異なる『源氏物語』独自の時空、世界観、根本的なテーマが生じてくる。また、一方で後半に登場する桐壺更衣と光源氏の資質の中には、『長恨歌』の楊貴妃と重なる様々な共通点が見出されるのである。
Andrew Cookro (Cornell University)
翻訳とは何か。日本語と英語の双方において翻訳家はどのような問題を解決しなければならないのだろうか。
今回の発表のために、実際に様々なジャンルの翻訳に取り組み、また翻訳論についても調査してみた。言語と文化は密接な関連があり、翻訳は単に言葉を伝えることではなく、異なる言語の別の規範によって異文化を翻訳することだと考えるべきであろう。日本語では地位や性的差異なども表現しわけるが、英語ではこのような差異を日本語ほどには言語化しないので翻訳上どのように扱うべきなのだろうか。そしてジャンルによって、どの程度まで自由な解釈が許されるのか、あるいは逆に直訳すべきなのか、ということを翻訳家は自問する必要があるだろう。以上のような翻訳をめぐる様々な問題について考察する。
Sarah Cortina (Yale University)
アメリカで、日本のテレビドラマ等の人気が上昇してきた。しかし、その視聴者の日本語能力は驚くほど低い。こうした、日本語が分からない人のために、たとえばアメリカで販売されていないドラマ等の作品の英語の字幕版を、ネットにアップロードするFansubというものが存在する。本発表では、Fansubグループによって翻訳された字幕と字幕会社によるものとを比較しながら、Fansubの目的、過程、存在している理由を分析した上、日本のドラマの視聴者を対象したアンケート結果から、文化情報の有無がドラマを観る経験にどのように影響するかについて考えたいと思う。
Andre Kobayashi Deckrow (Amherst College)
2008年10月、日本政府は二つの国際援助機関、独立行政法人国際協力機構(JICA)と国際協力銀行(JBIC)を統合し、世界最大の政府開発援助(ODA)機関を設立する。この新JICAは、発展途上国との関係とODA改革について政府内で10年にわたり議論された結果であるといえる。JICAとJBICの主な業務として途上国援助が挙げられるが、この他にも現在JICAは中南米の日系人社会の支援もしている。
本発表ではJICAと日系人社会との歴史的関係についてまとめ、JICAの「責任」について述べる。さらに現在のJICAの日系人支援活動を紹介し、今回の合併による影響について考察する。
Aaron DeCosta (Beloit College)
1978年、成田空港反対運動は最高点に達する。反対派の一部が空港に進入し、管制塔を占領、航空管理機器を破壊した。議会は対応策として、成田治安法という特別立法を即座に成立させ、運輸大臣は「同盟小屋」などの使用を禁止した。そして、この法の違憲性と処分の取消しが、最終的に最高裁判所で審議されることになる。判決は請求の却下、つまり、成田治安法は合憲、というものであった。これを判例とするには問題があると思われる。憲法を守るはずの最高裁判所が、憲法の解釈というよりも、むしろ政治的な意見を基に判決を下したからである。この発表では、判決文を分析し、使われている表現や論理的な筋道に対する疑問点を取り上げる。
Molly Des Jardin (University of Michigan)
文学作品を検討する際、編集者の役割と影響という点はそれほど取り上げられない。しかし、編集者の力は個人全集の制作過程を検討していくと明らかになる。個人全集は明治後半に初めて現れたが、この明治時代の個人全集の成り立ちを検討することによって、当時まだ定着していなかった「作家」という概念の創造が観察できる。個人全集における作品の編集という行為、また作品のテキストでないものを加えるという行為を通して編集者は当時の「作家」という概念を反映させ、同時に自分の概念をも文学世界の言説に加えた。1902年の『透谷全集』ではその「作家」としてのアイデンテイテイーが作品の編集、友人の追悼文、写真、日記の抜粋といった資料から創造される過程が見える。今回の発表では『透谷全集』の分析を通じて、「作家」として、「個人」としての「透谷」の創造を検討する。
Evan Dicken (Ohio State University)
18世紀末から19世紀初頭に至るまで、次第に勢力を増してきたロシアへの対抗策として、幕府は日本の北辺に様々な地理学者を派遣した。彼らによって作られた地図は、それ以前の日本の地理学者による地図と異なり、精密さの点で同時代の西洋の地図とほぼ同じ水準に達していた。
本発表では「なぜ幕府が伝統的な作り方からそのような科学的な地図へと急に変更したのか」ということを検討し、地図が幕府のロシアに対する政策に影響をあたえただけではなく、逆に幕府の政策が地図の作り方に影響したということを明らかにする。
Misa Dikengil (Northwestern University)
本発表では、まず、簡潔に西洋と日本の児童文学の歴史における宗教と文化の役割を説明し、児童文学の学際的な研究の必要性を論じます。そして、日本児童文学に現れる独自な「自然観」、つまり、自然は生命感にあふれる生き生きしたものとして取り扱われているということについて説明します。特にその一例として福永令三や安房直子の作品を紹介し、その色彩の用い方を焦点にして、色が生き生きした存在感を持つ自然の象徴であることを論じます。
Christopher Hainge (Bucknell University)
訪日外国人観光客のほとんどが主要観光地に集中する傾向があり、地方都市にはその恩恵が及びません。地方都市にも様々な可能性があるにもかかわらず、地方都市自体がこれを見過ごしているのではないでしょうか。この発表を通して、地方都市における国際化に配慮したまちづくりを検証し、それによる二つの効果とその実現には何が必要なのかについて述べたいと思います。
Kathryn Handlir (Harvard University)
江戸時代には「美人」という画題が現れ、多くの画家が美人画を通して女性美を表すことに尽力し始めた。その女性美を表現するのは女性自身ではなく、女性が着ている着衣その物なのである。江戸の画家たちは衣裳の模様を描くことで色彩、意味、そして質感を絵画に入れることが出来た。事実、多数の優れた画家は本物の着物をデザインした経験があり、そのため絵画の中でも魅力的な着物を作ることが出来たと考えられる。本発表では菱川師宣という江戸時代の代表的な「アーティスト・デザイナー」や師宣の作品を実例として、江戸美術における着物の重要な存在を提示したいと思う。
Mark Hansell (Carleton College)
文字論では、すべての文字はそれぞれある特定の言語構造階層で働いている。つまり、音声言語のその階層の単位が一対一で文字に対応するはずである。たとえば、アルファベットは音素文字であり、仮名は音節文字、漢字は形態素文字である。しかし、日本語の漢字の場合は、対応する形態素が表記された言葉によって違う時、それ以外に語彙階層情報がなければならない、いわゆる、語彙階層作用がある。たとえば、<水>という漢字は二つの同意形態素(/mizu/, /sui/)を表記できるが、<水着>や<水泳>の字を読むと、それぞれの全体語彙の形によって正しい形態素が選ばれるということである。
この発表では、語彙階層作用の分析を通じて漢字は形態素文字であるという学説を検討してみたい。
Kathryn Hemmann (University of Pennsylvania)
本発表では「倉橋由美子の怪奇掌編」を通じて倉橋が表現した身体に対する恐怖を分析する。この短編集の様々な小説は「変身」や「身体の裏切り」というテーマを何度も繰り返している。病気や肉欲が人間の心を圧倒し、主人公が精神的に人間ではない存在になっていく出来事が倉橋の小説には多く、読み手は身体に潜んでいる謎と恐怖を感覚するようになる。倉橋が創造した世界は体液で濡れており、怪物が群がっている。境が緩くなり、自己と他者の区別が消える。ポストモダニストの倉橋にとっては、二元論や既成概念の崩壊が重要なはずなのに、この小説世界にはフェミニスト的に偏った要素が多く存在する。その上、倉橋の理知的で突き放すような文体は女性の問題に対する男性的見地を象徴し、人間的苦悩を無視するような語り方は恐怖を強調する。
(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)
1989年横浜博覧会の時に設置されたみなとみらいの大観覧車は、誕生からわずか20年しか経っていないにもかかわらず、現在では横浜のシンボルになっている。夜空に次々と開く花のような大観覧車のイルミネーションは、今日も多くの観光客を立ち止まらせている。本発表では、このコスモクロック21のあまり知られていない様々な面を紹介させていただきたい。
Colleen Laird (University of Oregon)
F1層というのはマーケティング用語で、20歳から34歳の女性を指す。映画産業においては、F1層の観客が一番大きいので、配給会社や映画館やテレビスタジオはF1層に対して様々なマーケティング戦略を作成し利用している。「ガールズ・スタイル」、あるいはいわゆる「女性映画」といった概念は、その戦略の一環である。今年、F1層の観客を引きつけるために、日本映画専門チャンネルという会社は、二ヶ月間「Dear Woman: 映画をつくる女性たち」という番組シリーズを放送した。プロジェクトのために、私は日本映画専門チャンネルのスタジオを訪ね、番組のディレクターにF1層と日本女性監督についてインタビューを行うことができた。本発表では、そのインタビューの内容を中心に、「ガールズ・スタイル」という概念について検討を行う。
Brooke Lathram (University of Michigan)
現在、私はある介護施設でボランティア活動をしています。お年寄りに英語を教えたり、折り紙を教えていただいたり、話相手になったりしています。他の介護施設も見学させていただきました。本日は、私の個人的な経験にもとづき、神奈川県の介護施設を巡る状況について説明させていただきたいと思っております。まず、介護保険全般と神奈川県の介護保険の構造、次に、ボランティアと見学の経験を通して学んだこと、そして最後に少しだけ、今後、どのような取り組みが必要であるかについてお話しします。
Amy Leader (University of California, Los Angels)
最近、小川洋子という作家の小説が日本で有名になっており、映画化もされています。欧米各国でも翻訳が出版されています。特に、2003年の『博士の愛した数式』は世界中で読まれており、国際的なセンセーションを巻き起こしていると言えます。小川の最近の小説はテーマが広く、主人公は色々な背景を持ち、様々な態度で人生を歩みます。しかし、彼女の初期の小説はある特定の微妙な立場から書かれたと言えます。それらの主人公は作者本人と同じく若い日本人女性でしたし、その女性はよく自分の生活、自分の独立を様々な仕方で初めて体験します。本発表では、それら初期の小説で頻繁に使われたテーマを検討したいと思います。
Felicia Lee (Stanford University)
センターで頑張って勉強してきた日本語をすぐに役立てたいと思っていた私の日本での就職活動について発表させていただきます。日本の企業、九社に申し込んだ時に気づいたこと、感じたこと、知っていればよかったことを簡単にお伝えします。その上で、就職活動をするのに重要な点、日本で働きたい外国人が面接でよく聞かれる質問と、日本の企業の申し込みの過程で予想すべきことを全て、15分以内の速習講座でお教えします。
日本で就職する希望のある外国人の方や外国人の目から見た日本の就活はどのようなものなのかを知りたい方、是非この発表を見逃さないでください!
Jason Lindgren (Yale University)
この研究プロジェクトの目的は、よく話題になる日本の中学校の教科書における南京大虐殺事件の取扱いを考察する事である。とりわけ、その取扱いの年代による改訂とそれに関連する日本への国際的な圧力を分析の対象とした。それを行うため、1954年から2006年までの代表的な教科書を揃え、南京大虐殺事件をめぐる記述の変化と当時の政治的な事件の背景を考慮した(例えば、1982年の最初の歴史問題の論争や中国で起こった2005年の反日デモなど)。結果として、南京の取扱いが長い年月をかけて比較的に改善してきたと判断できるが、最近事情を曖昧にしようとする新たな傾向もあるようである。最後に、教科書問題から見た日中関係の将来について述べる。
Scott Lyons (Washington University in St. Louis)
いわゆる騎馬民族説とは、4世紀の後半頃、アジア大陸から来た騎馬民族が日本列島を侵略し、倭政権を樹立したというのものであり、1949年、江上波夫氏によって提唱された。日本では、この説がよく議論され、考古学的な検証の結果、合理的ではないとされたのである。しかし海外の日本歴史学者の中では、騎馬民族説がさまざまに変化しながら、今だに人気を集めている。この発表は、考古学的な観点から騎馬民族説の妥当性を再度考察するものである。
Amy Bliss Marshall (Brown University)
関東大震災以降、新聞や雑誌、ラジオなどが普及し、「マスメディア」の役割や影響が大きくなっていく。読者や聴衆に、社会に参加し、国民として自覚するよう促し、近代国民国家の形成に深く関わったのである。では、昭和初期にマスメディアに現れる愛国的な表現とは具体的にどのようなものだったのであろうか。
これを考察するために、1920~30年代に日本中で広く読まれた雑誌『キング』(講談社)の特集記事「明治大正昭和大絵巻」(1931年1月)を分析する。日本が大国となるとともに、国民は国内外の行事に強い関心を持つようになっていった。『キング』は、特に運動競技を媒体として、国民に一体感を形成し、所属意識を持たせる役割を果たしたのではないか、という視点から話したいと思う。
Hanna McGaughey (Smith College)
女流能楽は世阿弥と同時代に先例があったにもかからわず、江戸時代初期の1629年に禁止されて以来、大正時代まで女性が本物の舞台を踏むことは許されませんでした。この発表では、まず初めに女猿楽がどのように世阿弥の能に影響を与えたか、次に大正時代に初めて舞台に立った白洲正子および津村記三子を比較し、最後に現在、活躍する女流能楽師の限界についてお話させていただきます。
Sean McKelvey (Naropa University)
この発表では日本語を英語に翻訳する過程で発生する様々な問題について考察します。今回わたくしは浅田次郎の短編小説をはじめとして、政府の報告やビジネスの契約など、幅広く各種メディアの英訳に取り組みました。その過程で学んだことを中心に、翻訳の醍醐味と苦労について説明します。
浅田次郎の作品は独特なスタイルのために、翻訳者泣かせの文章といってよいでしょう。意味内容を忠実に守ると同時に、英語の読者に表現意図が正確かつ自然に伝わるようにするには、どうすればいいのかなど、翻訳過程で多くの困難に直面しました。将来、翻訳者を目指している自分にとって、こうした実践経験から学んだ教訓についても述べます。
(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)
Aragorn Quinn (Stanford University)
夏目漱石の『抗夫』(1907年)は青年が家を出て抗夫として働く話である。一人の語り手が「作家」と「回顧録の筆者」そして「主人公」の三つの立場から叙述しているが、どの視点も読者にとって感情移入できないものである。言うまでもなく、『吾輩は猫である』(1905年)の猫という語り手は実際にはあり得ないにもかかわらず自分の死について描写している。この戦略を使ったことは漱石がいわゆる「描写の危機」について疑問視していたことを示唆している。本発表では『抗夫』の語り手を分析すること、つまり上述の「作家」、「回顧録の筆者」、そして「主人公」の役割を検討することを通して、漱石の反描写主義を浮き彫りにする。結論として、漱石は同時代の世界中の近代主義者に連なる、あるいは後の日本の近代主義者の先駆けであった、という可能性を主張する。
Aaron Rio (Columbia University)
本発表は、神仏習合という宗教的・文化的な現象に関する再検討の必要性を明確にする試みである。神仏習合の歴史的な存在、または神道と仏教の関わりなどを論じる研究が少なくはないが、これらの研究では主に組織的、或は教義的な特質が中心となるため、エリート主義的な域を出ないと言える。こうした今日の研究状況を概要した上で、美術史学及び宗教学の言説を再考しながら、信念体系視覚文化論という新たな学際的なアプローチを提唱する。このアプローチは、従来の研究を否定するものではなく、唯それを基盤とし神仏習合に於ける庶民的な面を重視する、より包括的な分析を可能にするものなのである。
Matthew Robinson (University of Southern California)
源平争乱の研究においては、木曽義仲はその活躍が戦の間に限られているとしてあまり注目されない。しかし、戦争の状況、とりわけ武士の行動と心理を理解するためには、義仲の盛衰の要因を解明することは欠かせない。
義仲は乳母父の家族に頼り、1180年9月に挙兵したが、1183年には平氏の大軍を次々と破って、都の平安京を手に入れるほどの軍事力を集めることができた。しかし1184年1月にその勢力は著しく弱体化し、義仲は源義経に滅ぼされた。
義仲の敗北を源頼朝と対照すると、頼朝が後ほど鎌倉幕府となった軍隊を結成した政治的・軍事的な手腕がわれわれの目に明らかになる。このように義仲を鏡とすることで、12世紀末の武士社会の理解が深まると考えられる。
Alan Rogers (Georgia Institute of Technology)
日本は一番技術的に進んでいる国であるとよく言われている。「日本の携帯電話はアメリカより3年ほど進んでいる」とか「日本で皆が光ファイバーを使っている」などのような「伝説」をよく聞く。この一般的イメージに反して、日本は、世界中でパソコンの販売数が減っている唯一の国であるという事実もある。さらに、技術的なライバルのアメリカと比べると、日本のソフトウェア産業は意外に遅れている。そこで、この発表では、こうなった原因を検討する。特に、技術者の人材不足の問題と、協力体制の欠如を生み出した産業界の構造と歴史を指摘する。
Benjamin Rosenberg (University of Wisconsin)
坪内逍遥研究では、1886年に刊行された『小説神髄』という論文に見られる矛盾や不一致を理解する努力が重ねられてきた。本発表は、逍遥理解のためのそれらの方法から一つを借用し、「文脈」を議論の中心とするものである。ことに、逍遥が修辞学を通して構築した、新奇な「逍遥」的小説をめぐる枠組みを見出したい。こうしたフィクションの枠組みは『小説神髄』が現れた後すぐ、小説に関する論争に点々と滴る雫のように入り込み、時間が経過し、議論における言葉を変えながらも、皆の主張する問題が常に同じだったと言えるほど確かに影響を与え続けてきたのである。
Benjamin Rubin (Berklee College of Music)
日本はクリエティブ・コンテンツを製造している国の中で最もアクティブな国の一つだが、日本の音楽は海外の熱心なファンに届いていない。実に、毎年何千枚ものCDや音楽のDVDが頒布されているにもかかわらず、海外に開かれていない現状にある。
この発表では、アメリカにおける日本の音楽にフォーカスする。特に、どのような過程で日本の音楽ファンが形成されるのかを説明しながら、海賊版についても触れる。そして、海外に日本の音楽を配信している「ヒヤジャパン」という会社を紹介し、日本の音楽の国際化について論じたい。
日本人は洋盤の音楽を一途に消費し続けているが、やっと逆に、アメリカが恩(音)返しをする時代になったのではないだろうか。
Travis Seifman (University of London - SOAS)
慶長6年(1601年)に、将軍になる前の徳川家康とベトナムの南部の将軍に当たる権力を持った阮瀇(グェン・ホアン)との通信交換があった。現存の日越通信の資料の中で、これは最初の物とされている。発表では、19世紀の「外蕃通所」という史料に基づいて、この通信の内容、歴史的な背景そして意義について触れたいと思う。
Connor Shepherd (Dartmouth College)
従来日本の企業の商習慣についてはかなり研究されてきましたが、一方、新興企業についてはあまり議論されているとはいえません。今回は2006年1月の「ライブドア事件」を事例として発表します。目的は、①世論がいかにベンチャー企業環境内に存在する誘発要因を操作するのか、②マスコミはその世論形成にどのような役割を果たすか、の2点です。
Seiji Shirane (Yale University)
本発表では20世紀に日本、西洋列強によって中国が受けた戦争被害を記念する幾つかの中国歴史博物館と記念館を取り上げる。特に「抗日戦争」に関する歴史博物館が清朝末期以来の中国を被害者の歴史として叙述していること、そして中国が二度と外国に侵略されないよう、あるいは屈辱を受けないよう、現代の中国人が中国を強化しなければならないと呼びかけていることに注目したい。中国国外ではあまり知られていない展示施設、瀋陽9.18事変記念館、ハルビン731部隊生物細菌戦博物館、重慶六五大爆撃記念碑、五源抗日戦争烈士園などでは、拷問されている中国市民、死亡した児童、生物実験に関する写真が展示されている。これらの写真は吐き気をもよおすほど残虐なもので、このような写真や歴史教育のあり方が、中国人の日本に対する憎しみの感情を生み出しているのではないだろうか。
Jeffrey Skiles (Yale University)
広告は社会的な価値観を反映する。とりわけ、外国人観光客を対象にした観光産業の宣伝はその国の自己像を暗に利用し、海外でのその国のイメージに影響を与える。国境を越えるイメージとして、国の自己像を表す観光広告はその国を代表する物だと言えよう。そのため、広告の内容と媒体を分析するのは国際交流と社会の動きを解明する方法の一つである。しかし、観光客の注目を引くイメージは近代的な国が理想化したアイデンティティと一致しているだろうか。この発表では、海外での日本の典型的イメージの歴史を明らかにしながら、外国人観光客を対象にした広告、特に観光ポスターに現れる日本の自己像を見ていく。
Jay Starkey (University of California, San Francisco)
医療事故による死亡が発生した際、日本では医師に責任があるとされる。刑事事件として扱われ、警察による取り調べと捜査が行われる。医療訴訟が急増し、死に至る可能性の高い治療を医者がためらう傾向もみられる。世界屈指とされる日本の医療がこのような崩壊の危機にある現状は、海外ではあまり知られていない。本発表では、事故についての一般的な考え方を示し文化的背景を考慮した上で、現在の法医学が及ぼす医療行為への影響を明らかにする。さらに、政府が新しく導入する第三者機関による医療事故調査制度についても検討したい。
Brigid Vance (Princeton University)
本発表では、所謂「西洋音楽翻訳過程」を中心に、近世に於ける日本人の音楽概念、知識、そして印象等を明らかにしたい。この研究では教育、奏楽、テキストという三つの側面を研究対象にしている。始めに、キリスト教宣教師によって日本に設立されたセミナリヨとコレジヨで教えられていた音楽について述べ、次に天正少年遣欧使節がヨーロッパで接した音楽と帰国後演奏した音楽について紹介し、最後に輸入または日本で出版された西洋音楽と関係がある文献(典礼記録、採訪記、辞書等)を例として、近世の音楽交流に注目したい。
Richard Wright (Yale University)
最近、日本の政界ではマニフェストについての議論が進んでいる。この議論を中心に行っている「せんたく」と言う団体は、次回の選挙では日本の政治家が皆マニフェストを出すことを求めている。マニフェストは日本の政界ではどのような役割を果たすのか、また「せんたく」はどういう団体か、発表ではこの二点を説明したい。
(発表者本人の希望により、このページへの発表内容の掲載は控えさせていただきます)
Talia Andrei (Columbia University)
本発表では、禅宗の三人の奇人と言われる寒山・拾得・豊干の絵画、特に『四睡図』という禅絵画の画題について述べる。「四睡」とはこの三人と一匹の虎が皆一緒に寝ている構図である。禅宗では睡眠は悟りの隠喩として悟りを表象する。室町時代の禅画家・黙庵霊淵は『四睡図』で、禅宗の理想である悟りの境地により階層などの境界が消え、動物と人間は皆平等になることを描き出している。黙庵は三幅対による「三尊形式」を崩壊し、一つの絵の中に阿弥陀如来の化身とされる豊干を中央に、その両脇に文殊菩薩・普賢菩薩の化身である寒山・拾得をそれぞれ脇侍として描いた。特に注目したいのは、その構成を通じて、黙庵は彼らの二重の役割、つまり一方で仏陀と菩薩、他方で正統ではない仏の道でも悟りをひらいたいわゆる逸脱した僧であることを象徴しているという点である。
Ramya Balaji (University of Madras)
インド人エンジニアを対象とした日本語及び日本文化コースを開発する、という将来の目標を達成するために、現在以下の活動を行っています。1)インド人と日本人向けのアンケート作成、2)アンケート回答の分析、3)分析に基づいた適切な日本語・ビジネス慣行コースの検討。今回の発表では、進行中の本プロジェクトの経過報告として、インド人と日本人それぞれのアンケート結果を報告するとともに適切な日本語・ビジネス慣行コースの必要性についてもお話するつもりです。
Harvey Beasley(Indiana University)
JICA(独立行政法人国際協力機構)では、近年、先端の通信技術を活かして日本の国際協力の効果をさらに堅固なものにしようとしている。2002年に発足したJICA-NETは現在52ヶ国に上る途上国に遠隔技術協力をしており、遠隔講義をはじめとして、マルチメディア教材、WBT (インターネット上の研修)、TV会議等でJICAの国際協力活動を補完している。しかし、まだ遠隔技術協力についての理解が進んでいないため、JICA-NETの可能性を最大限に引き出せていないのが現状だ。本発表ではこのJICA-NETの活動概要、現在直面している課題、今後の展望について述べる。
Robert Bingham(Ohio State University)
近年、日本のアニメが世界中に浸透し、様々な国の若者を惹きつけているとしばしば指摘されるようになってきた。アニメに惹かれる外国人の数は増えているに違いないが、言われているほど多くはないかもしれない。今回の発表ではアメリカに於けるアニメのファンの現状と、いかにしてその状況に至ってきたのかということを見ていきたいと思う。また、ファンがアメリカのアニメよりも日本のアニメに惹かれる原因とは何か、アメリカ人が日本のアニメに感じる面白味とは何か、といったことについても私見を述べたいと思う。
Joseph Brantley(Indiana University)
この十年間少年による犯罪の増加が頻繁に議論されている。しかし、性的な非行としては援助交際ばかりがとりあげられている。だが、実際は少年が犯す強姦や強制わいせつといった非行の率が以前から意外に高い。この発表では少年非行に関して日本の現状を述べ、そして性非行少年の心理を描写する。それから、少年が性非行に至らないための予防法について考えてみたい。
(発表者本人の希望により、このページへの掲載は控えさせていただきます)
Emily Burke(University of Oregon)
「人間はどうやってこの世に生まれるのだろうか?」と人は考える事があるだろう。出産とはどのようなことだろうか。世界中の国々で人間、すなわち女性たちが先史時代から子供を無事に産んできた。しかし、急速な医術の進展につれて、かつての人間の出産に関する知恵や意識が急にみられなくなってしまった。出産は一体どのような概念としてとらえられるようになってきたのだろうか。人間にとって医術の進展はいいことで、病気の時には現代の最高な医術は確かに重要だ。しかし、順調な妊娠や出産は病気ではないのに出産は一体なぜ病気のように扱われるのだろうか。そして、アメリカと日本を比べるとその違いはなんだろうか。
Richard Castle(University of California, Berkeley)
人生にはいつの間にか目に見えなかった道が突然現れます。この発表のテーマを決める前に就職活動を行った私は、全く何を研究すればいいのか見当もつきませんでした。最終的に監査法人に就職することにしましたが、困ったことに、私は会計のことを何も知りませんでした。そこで、出来るだけ仕事の場面で扱う語彙や知識を学んで使う、という目的のために、私はこの発表のテーマを選びました。メディアでかなり注目を浴びていたライブドア事件です。この発表で明らかにしたいのは、具体的にライブドアの経営者はどうやって会計の抜け道を使って不正会計を行ったかということです。新聞に詳しく載らなかった数字的な説明、それから関係者の役割などを検討するつもりです。
Daniel Copps(DePaul University)
特許侵害による賠償金が大きくなるほど、米国の法律の下にある企業はこれに伴うリスクを軽視するわけには、もはやいかなくなりました。かつて賠償金の脅威はある業界で優位を守ろうとする競合企業が訴訟を起こす場合にほとんど限られていました。しかし最近、むしろ無名の一般個人発明家および何も作らずに特許権だけを集めておいて大企業に訴訟を起こす、いわゆるパテント・トロールが浮き上がってきました。巨大企業が倒産させられるという可能性が非常に高くなってきたのは不合理であるという声が日本の企業からも上がりました。不合理かどうかは別として、賠償金の算定がどのように行われるかを知る必要があります。
Matthew Dunn(University of Washington)
日本では英語教育に対する政策がありますか。そして、政策があれば、満足ですか。それとも改良すべきですか。例えば、本当に英語を身につけるために早期外国語教育、つまり幼稚園から外国語を習うことが必要だと思う人がいます。要するに、このような人が英語を小学校で必修の科目にするようにしています。一方、英語などの外国語が必修になれば、日本人の小学生が国語をきちんと身につけることができなくなるので、外国語の勉強をむしろ中学校から始めたほうが適当だという声も強まっています。英語を追放しようという意見さえあります。
Nathan Elchert(Yale University)
メタボリズムという、建物における成長や新陳代謝を訴える建築運動は1960年に日本で台頭し、世界的な注目を浴びた。黒川紀章はこの運動のメンバーの一人で、彼が創造した「カプセル建築」は70年の時代精神を忠実に反映し、メタボリズム建築の代名詞となった。果たして、そもそもメタボリズム理論とカプセル建築は同じものなのか? グループの初期の文章を踏まえ、両者の関係性を検討する。
Emily Farrow(Brown University)
NPO、すなわち利益を目的としない非営利組織は、世界中で、公益的な活動を行い、社会的なニーズに応えるという点において重要な役割を果たしている。現在の日本でも、NPOが発展しつつある。しかし、日本ではこのような組織は様々な問題に直面し、苦しんでいる。本発表では、NPOの定義を始め、歴史的な背景と最近の動向について述べたい。とりわけ、1990年代から現在に至るNPOの発展に焦点をあてる。そして、最後に現在の状況と問題点を説明した上で、解決方法を提案したい。
Joshua Frydman(Yale University)
古事記(または古事記)は西暦七百十二年に成立し、日本語で書かれた一番古い書物です。神話が歴史として記録された古事記は、奈良時代の人々が想像していた世界を叙述する証拠物件です。神道の重要な神々の背景を構築する神話を説明し、皇族の来歴を描写するだけではなく、上代の世界観が初めて日本人の言葉を通じて発表されています。更に、古事記で述べられた世界観は以降の時代でも日本文学に対して影響を与え、現代までの文学に含まれる神道的な要素の本源だと私は考えます。この発表では、古事記に見出された世界観の概要を示し、現在まで続いている日本文学の伝統に対する影響も議論したいと思います。
William Garrahan(Harvard University)
史実の安倍清明と小説・漫画・テレビ・映画・演劇・さらにインターネットなどのメディアにおける「清明」との比較は、あらためていうまでもないかもしれないが、なぜ平安中期の貴族陰陽師安倍清明は、いわゆる「魔術師」の役割や破壊的な呪術などのイメージを持たされたのだろうか。その当時の陰陽師の職能を正しく考えれば、人に危害を加えることではないはずだが、様々なメデイアにおいて「清明」は、破壊的な呪術をかける人物として描写されていく。メデイア主導の「清明ブーム」にたいしては、陰陽道や陰陽師の歴史研究の成果を無視した表層的なものとする批判もあるが、平安後期の『今昔物語集』という説話集にはじまり、近世の仮名草子や浄瑠璃、歌舞伎、そして平成の世のブームへと至った「清明」に、そこに映し出された各時代の人々の「期待の地平」、あるいは「メンタリテイ」を解読する試みをしてみたい。
Dylan Greason-Nickolich(Lewis and Clark College)
雅楽は日本の伝統的な音楽の一種で、明治時代より大衆化し広く、一般の人も触れる機会が多くなってきた。だが、多くの人は雅楽が古いものであり、現代の音楽とは全く関係がないものだと考えている。雅楽が歴史の中で持っていた社会的な役割を現代の音楽のそれと比較すれば、異なる点もあるが、共通点も見えてくる。つまり、雅楽も現代の音楽も共に大衆文化として、時代の流れを物語っている。本発表では、まず雅楽は社会の中でどのような役割を持っていたのか、次に現在はどのように大衆文化として存在しているか、最後に、現代の日本の音楽とどのような関係があり、どうやって影響を与えているかについて述べたい。
(発表者本人の希望により、このページへの掲載は控えさせていただきます)
Nathan Hill(Harvard University)
言葉と意味の関係は哲学の歴史の中でよく議論されてきたテーマである。本発表では、このテーマについて、プラトン、ソシュール、そして、ヴィトゲンシュタインの考えを説明する。プラトンはそれぞれの言葉はそれぞれの意味を直接に指し示すと考えた。一方、ソシュールによれば物と言葉のあいだには直接の関係は全くないとされる。それぞれの言葉の意味は、その言語の中において他の言葉との関係によって作られている。また、ヴィトゲンシュタインによると、言葉の意味は、その言葉の使い方に過ぎない。意味や理解は言語ゲームの規則で決められたことなのである。
Franz D. Hofer(Cornell University)
各国の国民は「過去の幽霊」と一緒に生きている。日本も同じである。最近のニュース、例えば靖国問題並びに憲法改正などに見られるように、過去は現在に於いて存在し、残っている。この発表では「トラウマ的な記憶」を取り上げる。実は、集団的な記憶のレベルでは、トラウマ的な記憶は他の記憶を覆う傾向がある。これを解明するために、日本で使っている中学校の教科書に目を通した上で、小林よしのりの『戦争論』という漫画に注目したいと思う。そこで、トラウマ的な記憶を理解するために、「美学」から借りた概念を通して考えたい。過去の出来事を表象する時、視覚的な資料はどのように主体性を形成するのか。表象に潜んでいる問題を指摘した上で、「個人」的、「国家」的な戦争責任を含め、「歴史的責任」の概念を提示する。
Dunja Jelesijevic(University of Illinois at Urbana-Champaign)
前近代の日本では、「女性が政治的な権威や社会に与えた影響はなかった」と一般的に考えられています。それに対して、女性のシャーマニスティックな側面を強調しているさまざまな前近代の資料では、女性が大切な役割を果たしたことが示されています。本発表の目的は、このような資料に書いてある例では女性の政治的な権威への参与についてどのように説明されているか、また政治的、社会的な文脈の中での女性の力の本質についてどのように結論づけられるか、その「力」は宗教的な儀礼の行為者としての女性の存在とどのような関係があるかについて議論することです。そのうえで、前近代の日本の女性観はどのように理解できるかということについて検討したいと思います。
Nadia Kanagawa(Yale University)
横浜と神戸は日本のもっとも重要な国際港として知られている。この二つの町は開港以来、外国貿易を通じて小さな村から大都市になり、戦争や震災により大きい苦しみを味わってきた、という共通点を持っている。それに、両方とも有名な中華街、あるいは南京町がある。しかし、これらの共通点にもかかわらず、横浜中華街と神戸南京町の歴史と発展のしかたは著しく異なっている。本発表では現在の中華街と南京町の形を見ながら、この二つの興味深い文化交錯地を比較する。
Joseph Kaneko(Brown University)
人間は「運命」というものを感じるとき、自らの将来のなりゆきが何か不可避なこと、つまり「必然」に支配されているように感じる。しかし、九鬼周造はライフワークと見做されている著書「偶然性の問題」(1935年)で「偶然」というたまたま起こる出来事の体験を「必然」の優位に立てる試みを行っている。このように「偶然」が森羅万象の支配者とされれば、「運命」の性質も違ってくるのではないだろうか。この発表では九鬼が論じる「偶然性が創出する運命」について探ってみたい。
Miriam Kingsberg(University of California, Berkeley)
私の発表は現代中国の旧満州地域にあった大連という都市の阿片貿易に注目します。1905年から1945年の間、日本帝国の下で、阿片、モルヒネ、ヘロインなどの貿易の中心は大連でした。今までの研究によると、こうした違法な密輸は日本人の商人によって管理されて、いわゆる「苦力」と呼ばれていた中国人の労働者が麻薬を消費しました。この解釈では、苦力の深刻な阿片中毒状態は日本によって意識的に奨励されて、中国人は単なる被害者に過ぎませんでした。しかし、苦力は阿片貿易での被害者のみならず、むしろ相互に搾取したり、売買の利益も得たりする面もありました。事実、中国における阿片貿易は日本人の帝国主義ばかりでなく、配給業者として苦力にも不可欠であったという見方もあります。
Namiko Kunimoto(University of California, Berkeley)
本発表では、日本の戦後(1952~1957年頃)の美術の状況、特に独創的なパフォーマンス・アートや絵画を次々と生みだし関西で活躍したグループ「具体美術協会」について紹介します。次に、当時制作された美術に対する影響力について考察します。戦後の不安な状況の中で、画家はどのように国家を表象したのでしょうか。なぜ日本でパフォーマンス・アートが突然出現し、身体と美術への関わりに注目するようになったのでしょうか。こうした観点から、「具体美術協会」が提示した多くのイベントの理論的な枠組みの可能性を提示するつもりです。
Ashton Lazarus(Tufts University)
「平家物語」には100以上の異本が存在すると言われている。それらには微妙な言葉遣いの違いだけではなく、全体的な文体や語りの構造、人物に対する態度と描写の違いも見られる。この異本の中から覚一本(かくいちぼん)・延慶本(えんきょうぼん)・盛衰記(せいすいき)の違いを検討し、特に敦盛説話がどのように描写されているかを考察する。また、当時の史料と対照し、この物語が成立した時代、あるいは物語の背景となった時代の社会・思想に関して何を表しているかという点も検討したい。
Jesse LeFebvre(University of Hawaii)
学界には、宗教というものの学問的な概念によって、エリート宗教(経典、哲学、教学、悟り)と大衆宗教(奇跡、霊験、現世利益、占いなど)との対立が存在しているようである。しかし、このような対立はどの程度宗教の実状を表しているのだろうか。この発表は求聞持法という「雑密」瞑想修行の歴史的展開や現状について分析しつつエリートと大衆の宗教を再検討してみようとするものである。先ず、求聞持法の本尊である虚空蔵菩薩を紹介し、儀式の内容を説明する。それから現世利益や霊験などの重要性を念頭に置きながら簡潔に求聞持法の歴史的経緯、日本列島への伝来、そして日本に於ける展開などを考察する。とりわけ、エリート宗教の側に立つ修行者が同時に現世利益と悟りを追求しているという実態に集中する。
Andrew Leong(University of California, Berkeley)
「高原吟社」とは、ニューメキシコ州のサンタフェー収容所で作られ、1943年から1945年まで続いた川柳会である。「高原吟社」の川柳集には、サンタフェー収容所の様子、また、囚われた日系人の態度、感情などが、何千もの五七五の句でみごとに描写されている。彼ら、柳人は収容所に囚われていても、川柳という手法で共同体意識を作ることが出来た。川柳の作句によって、柵の内の日常的な世界から外の世界まで、内省できるようになったからである。本発表では、高原川柳のいくつかの例を挙げ、高原の川柳人にはどのような見方があったかについて述べさせていただきたい。最後に、残る解釈問題を挙げたい。
Esther Ling(University of Michigan)
ここ十数年間の日本経済で、会計は従来より著しく大きな役割を果たすようになってきた。それにつれて、日本の会計制度の欠点も明確に浮かび上がり、その中の一つは、最近アメリカでも日本でもよく耳にする「粉飾決算」と「なれ合い」という問題だ。この発表では、日本の会計制度、特にカネボウ粉飾決算事件を例としてその会計制度となぜその制度でなれ合いが起こりがちなのかを説明したい。会計はビジネスの世界共通言語なので、その重要さを知って欲しいと思う。
David McFall(University of Hawaii)
幕末時代の大老井伊直弼は芸術、とりわけ茶の湯を深く学び、暗殺直前『茶湯一会集』を書きあげていました。この茶書のおかげで「一期一会」という言葉が普及しました。しかしながら、「一期一会」が日本の社会に広まるとその言葉が使い古されたので現代ではその意味の力が弱くなりました。一方柔道の創始者嘉納治五郎の「自他共栄」という考えは柔道の世界以外ではあまり知られていません。嘉納は明治時代に色々な柔術流派の技から講道館柔道を創設しました。くわえて、「自他共栄」の修行目的をもって武道の心を新たにしました。本発表では、「一期一会」ならびに「自他共栄」は稽古場でだけではなく、社会の中の人と人、及び人と社会との関係において応用されるものであることについてお話ししたいと思います。
R. Shane McNamara(Washington University, St. Louis)
Aaron Miller(University of Oxford)
この発表では、日本のアマチュアスポーツの世界、特に「高校野球」における体罰や体罰をめぐる言説研究の結果を報告する。研究は体罰に関する文献(本・雑誌や新聞の記事など)に依拠し、いわゆるウェーバー社会学の枠組みの視点から、非規範的方法で分析したものである。この文献分析の後、人類学の分野のいわゆる「参与観察」方法にしたがって、アマチュアスポーツの場での実践的なフィルドワークを行う予定にしている。そのため、実際のコーチの仕方ではなく、日本人自身が体罰という指導方法に対してどのような意見や考え方を持っているのかという点に注目する。特に体罰への賛否などを検討して、なぜ、どうやって、どんな言葉で体罰を正当化しているのかに焦点をあてる。
Timothy Miller(Ohio State University)
私達は自分の母語の変化を意識しているだろうか。本研究は、今現在変化しつつある日本語の一つの例を取り上げ、それに対する日本人の意識をインターネットアンケートを用いて調査したものである。近頃、「違う」という動詞が形容詞化され、「違くない」「違くて」などのような使い方を耳にする。ただの流行語だと言われながらも、若者以外の世代の人にも利用されるようになり、また、歌の歌詞にまで浸透してきている。そこで、「違う」の形容詞的な使用の実態を調査し、得られた結果から、日本語母語話者が「違う」という言葉の変化をどのように意識しているのか、形容詞化の背景に何があるのかを考えてみたい。
Tyler Morrison(Washington and Lee University)
現代社会は化石燃料に依存しすぎているため、何らかの解決策が必要である。ブッシュ大統領が今年、代替エネルギーの具体的な目標を表明し、エタノール研究に拍車がかかった。しかし、トウモロコシ・エタノールは一時的には貢献できこそすれ、拡大な農地に頼る非効率的な原料であるため本格的な解決策にはならない。そこで最近注目を集めているのは、荒れ地で育つ雑草や廃棄物から低コストで生産できるバイオマス燃料だ。例えば、京都市では食用廃油を原料にして、市バスを走らせている。費用対効果という課題はまだ残っているが、廃棄物で作るバイオディーゼル燃料が普及する可能性が高まっている。果たして、てんぷら油は地球の環境を救うのだろうか?
Eija Niskanen(University of Wisconsin)
ジブリのイメージは、自然を守るアニメスタジオである。ジブリのアニメの主人公は、美しい背景の中に描かれている。またジブリの代表作品である『風の谷のナウシカ』や『千と千尋の神隠し』における環境問題がテーマとしてよくとりあげられるのは、評論家に度々指摘されることである。また、ジブリの作品は絵巻から影響を受け、動物、とりわけ日本で伝統的な民話や絵画の中に表れる狸、もしくはトトロのような想像上の動物までが登場する。しかし宮崎駿が持つ、ジブリの映画に対する自然観は非常に複雑である。ジブリ作品の中の懐かしい田舎のイメージは、昔の日本に対するノスタルジーであろうか。この発表ではジブリ映画の中における自然について論じたい。
(発表者本人の希望により、このページへの掲載は控えさせていただきます)
Joannah Peterson(Indiana University)
源氏物語における心的遠近法について詳細に検討する。高橋享の理論によると心的遠近法というのは『見る(語る)主体が見られる(語られる)対象世界へと入り込んだり出たりする、動く視点において成立する』ということだ。つまり、源氏物語に表れている遠近法は静的ではなく重層的な構造において動的であるということだ。具体的にいうと敬語や助動詞の有無を分析することによってどんな視点から見ているかが明らかになる。宿木(一)の段の本文に対応する絵巻とその詞書を取り上げて、語り手の視点を探求する。ここでは語り手としての女房の役割と垣間見という行為は重なり合っている。それゆえ、源氏物語の中で女房は目であり耳であるのではないだろうか。
(発表者本人の希望により、このページへの掲載は控えさせていただきます)
John Schneiderwind(University of Kansas)
現代日本の抱える問題を考える時、若者の性行動の乱れが一つの大きい問題として指摘されます。援助交際やセックス産業に関わる中高生が増えてきたこと、また中絶率や性感染症の増加が目立ってきていることが報告されています。そこで、本発表では、若者の「性」に対するモラルが低下してきた経緯とその背景について分析し、原因や責任がどこにあるのかについて考察します。具体的には、正しくない性教育、マスコミの性的な刺激、両親が子供の性行動から目をそらすことなどについて検討します。最後に、日本の若者の性行動を正す手段として、有効な性教育、マスコミの改善などについて述べ、自分の結論をまとめたいと思います。
Samuel Schumacker(Occidental College)
現代社会において、ブランド志向などの消費主義が社会に強い影響を与えていることはまちがいない。雑誌をはじめとするマスコミは、この現象を推進する役割を担っているといってよいであろう。雑誌の記事の中では、各商品だけでなく、消費の仕方まで紹介されており、雑誌はライフスタイルを提供するものになっているからである。それでは、記事自体と商品と読者は実際にどのような関係があるのだろうか。本研究では、提示するライフスタイルに特徴がある雑誌三種の記事の内容と、出版者が公表する読者情報を資料にして、雑誌が提供するライフスタイルに、どのような記号性がつけられたかという視点で、分析した。
David Sobel(London School of Economics)
90年代のインターネット革命に出遅れた日本は21世紀に入って世界最先端のIT国家になった。今後もこの発展を続けるとともに、社会、産業の諸問題を解決するために、日本は2005年に公表した政策によって、2010年をめどに、ユビキタスネットワーク社会の実現を目指している。この2年間で実現したことも少なくないが、超えなければならない障害も今だ残っている。この発表では、ユビキタスネットワークの概念を説明し、日本の戦略と実施状況を明らかにし、最後に歴史的・国際的な観点を検討したいと思う。
Jessica Starling(University of Virginia)
「日本の宗教は何か?」という質問をされると、確かに、神道と仏教のことがすぐに頭に浮かんでくるだろう。だが、実情に即して考えると現世利益こそが日本で最も追求されているものだと言えるのではないか。例えば縁結び、安産、交通安全、受験合格などといった現世利益の祈願は様々な宗派や教団の垣根を越え、日本の宗教の全てにわたるほぼ普遍的な信仰のあり方だ。このような信仰は宗教学の言説において、既成宗教ではなく、いわゆる「民間信仰」「庶民信仰」「民衆宗教」などという名前で分類される。だが、実は仏教の経典と既成仏教の歴史の中にも現世利益の実例は数多く含まれている。この発表では「民俗信仰」と「既成宗教」という分類に疑問を投げかけつつ現世利益の諸要素を論じたい。
突然、耳に妙な音が入ってくる、あるいは食欲が暴走しても身体が変化しないという不思議な現象は、病気と言えるだろう。小川洋子の「シュガータイム」と「余白の愛」という小説、それに加えて中島たい子の「漢方小説」を読み、この三編の作品で淡々と描かれている異常性、不確実な出来事や世界を味わい、解釈したい。現代日本文学の二人の女性作家によって書かれたものを通じて、病気、治療、身体に対しての新たな見通しが生まれてくるであろう。
現在、日本には、75万人以上のサーファーがいると言われている。日本で現在のような形が人々に広まったのは戦後になってからで、1960年代、横浜近郊の湘南で団塊世代の人々から日本でのサーフィン文化が始まったとされている。それ以降、湘南は日本のサーフィン文化の中心となった。しかし、どのようにして日本でサーフィンは流行したのだろうか、そしてなぜ湘南は日本のサーフィンのメッカとなり得たのだろうか? ここでは日本でサーフィンが誕生するに至った経緯とその後の流行を湘南について地理的、文化的、歴史的に研究したことを発表すると共に、そこから見えてきた湘南という地域のイメージについて述べたいと思う。
(発表者本人の希望により、このページへの掲載は控えさせていただきます)
Lucia Vancura(Columbia University)
マイクロファイナンス(貧困層に対する小規模金融サービス)は貧困を緩和する重要な対策の一つとして、最近日本でも注目を浴びてきている。貧困層に安定したサービスを提供する制度を構築するためには、マイクロファイナンス金融機関の持続性が極めて必要である。この持続性を目的とすると、日本の金融機関の経験、民間企業の商売のノウハウや日本財政政策が国際マイクロファイナンスに与える影響はすくなくない。マイクロファイナンス業界でこれから日本が果たす役割とは何であろうか。今回の発表で日本における最近のマイクロファイナンスに関する討論や活動を紹介し、この役割を検討する。
(発表者本人の希望により、このページへの掲載は控えさせていただきます)
Kevin Wilson(University of Southern California)
日本の律令国家の中で重要な組織のひとつは駅伝馬制度である。この制度をよく知るために他の国の古代交通制度と比べてみる。日本の駅伝馬制度の特質は深く研究されているが、他の国の駅制との比較はあまりされていないので今回の発表で日本と唐の駅制とローマのcursus publicusを比較しながら、それぞれの利点と弱点について述べていきたいと思う。
Ryan Yokota(University of Chicago)
一般的に、沖縄返還について検討する場合には、返還は戦後の終わりの象徴である、あるいは沖縄人は日本人になりたがっていたのだ、と考えられている。例えば、1945年から1972年に至るまで、「日の丸」や「君が代」など日本国家の象徴が琉球列島でも見られるようになってきた。また、沖縄返還に賛成のデモが頻発し、住民の署名を集める請願運動も起こった。これらの返還運動に対して、当時の沖縄人はどう思っていたのか。沖縄人が沖縄返還を支持する目的は何だったのか。沖縄人は普通の日本国民や日本人になりたかったのだろうか。本発表では、戦後の沖縄に於けるアメリカ占領下の沖縄人の複雑な立場や意見を説明し、「国家」と「国民」と「ナショナリズム」の違いについて詳しく述べたいと考える。さらに、沖縄返還を再検討した上で、沖縄返還に於ける「沖縄ナショナリズム」を示すことを目指す。